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映画評 『マイ・ブラザー』  上野千鶴子

2010.08.18 Wed

普遍的な、戦争の悲劇。だがこれは、現代の物語なのだ。
 
監督:ジム・シェリダン
出演:トビー・マグワイア、ジェイク・ギレンホール、ナタリー・ポートマン、サム・シェパード、メア・ウィニンガム、ベイリー・マディソン、テイラー・ギ-・ギア、キャリー・マリガン
配給:ギャガ

 カインとアベルの昔から、兄弟というのは宿命のライバルと相場が決まっている。この映画でもできのよい軍人の兄と刑務所から出てきたばかりのならず者の弟、それに美人の兄の妻、とくれば、舞台装置はそろいすぎるほどそろっている。
 夫婦、親子、恋人たちを有無をいわせぬ力で引き裂くのは、国家や戦争という圧倒的な力だ。戦前ならともかく今時、と思ったらこれがあるんだね。アメリカ。この国は戦時下にある。 職業軍人の兄はアフガニスタンへ派兵される。断ったら牢獄入りだが、勇敢で使命感にあふれた兄はもちろんそうしない。愛する妻とふたりの娘を残して出発する。ほどなく戦死の知らせが。悲嘆にくれる両親と妻。死んだのがオレならよかったのだろう、と言いたげな弟と父親のあいだには一触即発の緊張が高まる。そのあいだに妻と娘たちと弟の距離は急速に縮まり…..と、お定まりの展開のさなかに、ひょっこり死んだはずの兄が生還する….。

 戦争中の日本にもこういう悲劇はいくらもあったらしい。日本では嫁は実家に帰さないで、そのまま弟の妻にする。妻は「家の嫁」、弟は兄のスペアだったからだ。そこに死んだはずの兄が帰ってきたら….。

 生還した兄は、極限体験から戦争トラウマを病んでいる。家族思いの若いパパは、まったくの別人になって帰ってきた。とまどう妻と娘。あろうことか、兄は、留守中の妻と弟の関係を疑いだした。
 父親はベトナム帰還兵で息子がアフガニスタン帰り、ふたりの姉妹も宿命のライバルだ。かわいい妹とつねに比べられる姉は、ある日決定的なウソをつく。こういう重層的な仕掛けを畳みこんだ脚本もよくできている。

 兄を演じたトビー・マグワイアは鬼気迫る演技でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞にノミネートされた。複雑な性格の姉娘を演じる子役のベイリー・マディソンが、うまい。撮影の時に10歳のはずだ。と思ったらちゃんと放送映画批評家協会賞の若手俳優賞にノミネートされていた。末おそるべし。

 監督のジム・シェリダンは、ベトナム戦争後のアメリカを描いたスザンネ・ピア監督の『ある愛の風景』のリメイク版をつくろうとした。ベトナム、アフガニスタン、イラク……。『ハート・ロッカー』がアカデミー賞を受賞したことでもわかるように、アメリカはずっと戦争中だ。歴史から何も学ばなかった、かのように。戦場はどこでも同じ。既視感があるのは、この悲劇があまりに普遍的だからだ。この映画は、まちがいなく古典のひとつになる。

映画公式サイト → http://my-brother.gaga.ne.jp/

クロワッサンPremium 2010年7月号初出

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子