2010.08.31 Tue
ほとんど毎日見に行くやおいサイトがある。ここでいう「やおい」というのは、既存の作品の男性キャラクターを使用して男性同士の恋愛を描く二次創作のことだ。社会学者の東園子さんによると、やおい愛好家(=腐女子)が「萌える」のは、キャラクターというよりはキャラクター同士の関係性だという(1)。要するに「○○のちょっと乱暴だけど男気があるところが好き」なのではなくて、「○○と□□の普段は仲が悪いけどじつは信頼しあっているところが好き」というわけだ。そしてやおいの醍醐味は、作り手によってそうした原作のキャラクター同士の関係性がさまざまに解釈されているところにある(2)。ある作り手が「○○と□□はは両思いなのに、お互いに照れくさくてついケンカしてしまう」という物語を作れば、別の作り手は「○○は□□を敵視しているけれど、□□の方は○○が好きで……」という物語を作る。自分の嗜好にぴったりな作品はもちろん魅力的だし、自分の解釈と違っていても説得力があれば「こんな描き方があったんだ」と嬉しくなる。
さて、なぜおなじやおいサイトに毎日せっせと通うのか。もちろんそのサイトの関係性の描かれ方が好きだから通い詰めているわけで、メインコンテンツであるやおい作品が新たに更新されているかどうかを確認するのが目的だが、作品はそうそう頻繁に更新されるわけではない。じつはもうひとつ目的があるのだ。日記を読むという目的が。
ウェブ日記というと、身のまわりの出来事についてある程度読者を意識して書かれたもの、というイメージを抱かれる方が多いだろう。おおむねそれで間違っていない。だから、もしかすると「やおいサイトの日記なんて、メインコンテンツでもないのに何がおもしろいんだ」と思う方もおられるかもしれない。しかしこれがけっこうおもしろい。正直に告白すると、ほとんど日記がお目当てで通っているサイトもあるくらいだ。ただし、腐女子以外は(正確にはそのサイトでの関係性の描かれ方が好きでない人は)たぶん日記を読んでもおもしろくないだろう。逆に、一般的なウェブ日記には興味がないけれどやおいサイトの日記だけは読む、という方もいるはず。なぜか。やおいサイトの日記でいちばん魅力的な要素は、管理人の身のまわりの出来事ではないからだ。
やおいサイトの日記をご覧になったことのない方は、適当に検索してためしに読んでみていただきたい。身のまわりの出来事にまじって、「○○と□□のお互いに素直になれないところが萌える」という「萌え語り」(書いて字のごとく自分の萌えにかんするトークのことで、やおいの場合はキャラクターとその関係性が萌えの対象になる)や、「もし○○と□□が一緒に暮らすことになったら……」などの「妄想」が書かれていたのではないだろうか。そこがミソだ。
やおいサイトのメインコンテンツは、まんがや小説などの、いわば完成された形をもつ作品だ。一方、萌え語りや妄想は作品に成形される前のメモの切れ端のようなものといえる。しかしそんなメモの切れ端でも、読み手は十分楽しんでいる。萌え語りや妄想には、しばしば読み手からweb拍手(ボタンをクリックするだけで管理人に好意を伝えることができるツール。コメントを送ることもできる)で「このあいだの萌え語りすごく素敵でした」といった好意的なコメントが寄せられている。やおい最大の魅力はなんといっても関係性の解釈なのだから、萌え語りや妄想という未完成な状態でも十分に魅力的なわけだ。
最近はTwitterに参加している腐女子も多い。ただ、彼女たちのつぶやきは、Twitterの基本である「いまなにしてる?」よりも「いまなにに萌えてる?」に重点が置かれているように感じられる。つまり萌え語り用のツールとして使われているのだ。Twitterはその場で思いついたことをつぶやくものだから、参加のハードルはやおいサイトよりもずっと低い。なにせ、萌え語りや妄想をつぶやくだけで十分――むしろ萌え語りや妄想こそがセールスポイントなのだから、まんがや小説のような完成されたやおい作品を作るだけの能力も手間も必要ない。いままではやおいサイトのように一定のしっかりしたコンテンツを作らなければできなかった、ある意味では特権的だった萌え語りが、だれでも手軽にできるようになっているのだ。ひょっとすると、やおい作品を読んでいる時間よりも、萌え語りや妄想を読んでいる時間の方が長いという人もいるかもしれない。
注
(1) 東園子「妄想の共同体――『やおい』コミュニティにおける恋愛コードの機能」東浩紀・北田暁大編『思想地図』vol.5、日本放送出版協会、2010年、251-254頁
(2) 同上、254-258頁
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日 時:2010年9月11日(土)13:30〜17:30(開場13:00)
会 場:大阪市立大学文化交流センターホール