エッセイ

views

6314

<女たちの韓流・14>「私の名前はキム・サムスン」―女性キャラクターの革命 山下英愛

2011.03.05 Sat

ドラマ「私の名前はキム・サムスン」(MBC全16話2005年6~7月)は、韓国トレンディードラマの代表作ともいえる作品である。ミニシリーズながら最高視聴率50.5%、平均視聴率38%を記録し、2005年が「キム・サムスンの年」と言われるほど人気を集めた。年末のMBC演技大賞では、主人公を演じたキム・ソナが大賞を受賞したのをはじめ、彼女を含む主演級の4人が過去最多の8つの賞を総なめした。また翌年の第42回百想芸術大賞でも大賞、人気賞、脚本賞を受賞、さらに、第1回ソウルドラマアウォーズでも最優秀賞に輝いた。社会的な反響は、同じ年に放映された長編人気ドラマ「がんばれ!クムスン」(MBC)を凌ぐものだったといえるだろう。

ストーリー

このドラマは、ごく普通の30歳の独身女性を主人公にしたラブ・コメディーである。主人公のキム・サムスンは、精米所を営む家庭に生まれた三女。父親を三年前に亡くし、母親は知人たちを相手に小さな金貸し業を営んでいる。「早く結婚しろ」が口癖の母と、離婚して戻ってきた姉と三人で、父親が遺してくれた小さな平屋の一軒家に暮らす。

「サムスン」という名前は野暮ったい響きがすることから、主人公はこの名前にコンプレックスを持ち、もっと現代的な名前である「ヒジン」に改名したいと思っている。その上、サムスンは体重60キロのふくよかな体格と平凡な顔の持ち主であり、しかも高卒だ。猫も杓子も大学に行く韓国では肩身の狭い学歴といえるだろう。だが、ケーキをつくる一流のパティシエになるためパリに留学して料理学校で修業し、パティシエとしての技術と自負心だけは誰にも負けない。

そんなサムスンは、パリで出会った裕福な韓国人留学生ヒョヌと帰国後も付き合っていたが、クリスマスイブに突然別れを告げられる。サムスンはそのショックに打ちのめされながらも、職場を探して面接に行き、そこでヒョン・ジノンと出会う。レストランの社長で、ちょうどパティシエを探していたジノンが、サムスンの作ったケーキをたまたま口にしてその味に惹かれ、彼女を自分のレストランに迎え入れる。

27歳の若い実業家であるジノンは、ホテルを経営する財閥の次男でもある。5年前に、自分が起こした交通事故のせいで兄夫婦を亡くすという不幸な経験をしている。事故直後、身体的にも精神的にもどん底に置かれていた時、長年付き合っていたヒジンが「5年後に戻る」とだけ言い残して米国へ旅立ってしまった。事故のトラウマと、自分を捨てて去って行ったヒジンに対する複雑な思いにさいなまれ続けてきたジノンは、「早く結婚してホテルの後継者になれ」という母親の命令に背きつつ、レストランの経営に全力を尽くしていたのだった。

レストランのオーナーと被雇用人のパティシエとして出会ったジノンとサムスンは、やがてお互いの必要上から契約恋愛をすることになる。つまりジノンは母親の執拗な見合いの勧めを断る口実として自分が決めた婚約者が必要であり、サムスンは、生前父親が他人の保証人になったせいで自宅が人手に渡る危機に直面し、急きょ5千万ウォンという大金が必要となった。そんなことでサムスンは5千万ウォンと引き換えにジノンの提案を受け入れ、形ばかりの恋人役することを承諾する。

ところが、次第に互いの魅力に惹かれ合い、本当の恋人同士に発展したと思われた矢先に、元恋人ヒジン(左写真)が帰国してジノンの前に姿を現す。その実ヒジンは、胃がんを治療するために渡米し、病気を治して戻ってきたのだった。胃がんであることをジノンに言わなかったのは、事故で入院していた彼が受けるであろう衝撃を慮ってのことだったことも後でわかる。病気を治して再びジノンの前に現れたヒジンの出現で、ジノンの心は大きく揺れる。

その後の展開は、ジノンを手放したくないサムスンと、ヒジンとサムスンとの間で揺れるジノン、そして、ヒジンの主治医で彼女を追いかけて韓国にやってきたヘンリーの四人が綱引きをする形でストーリーは進展する。しかし、このドラマの素晴らしいところは、四人の葛藤や愛の駆け引きを素直に描いているところだろう。恋のライバルを悪人に仕立て上げたり、陰謀を企てて相手を貶めたりすることが一切ない。そんな点がこのドラマの人気の一要因であるのも確かだ。

等身大の“30歳シングル女性”

ところで、このドラマの最大の魅力は、何といっても主人公キム・サムスンのキャラクターにあると言える。サムスンは恋愛と仕事に対する自分の欲求や感情を率直に、しかも堂々と主張し表現する女性として描かれている。二股をかけて恋人に嘘をつくような不誠実な人間は容赦せず、また、お金を無駄遣いするようなことも嫌う。だからといって無神経で図々しい性格なのでもなく、思いやりがあり傷つきやすい一面も持っている。そして自分の内面を省察することも心得ている。

サムスンが今までのシンデレラストーリーの女性主人公と決定的に違う点は、世にいう美貌とはかけ離れている上に、男性を惹きつけようと“女らしさ”を持ち出したりしないところだ。サムスンは、ありのままの自分を理解してくれる男性が現れることを願いながら生きる。太っているのはケーキ作りのパティシエとしての宿命だと、開き直り、傍目の女らしさに自らを合わせようともしない。

しかも、仕事や恋愛に対する欲望のみならず、性的欲望についても率直に表現する。これまでのドラマの女性主人公たちは、おおむね性については“純潔”であり、性的欲望などまるで持っていないかのように描かれてきた。だが、サムスンは「最近、飢えているのよ」といったような表現で性的欲望を表に出す。また、夜遅く避妊具を買ってこいとジノンをベッドから突き落とす場面などもリアリティーがある。ついでに言えば、サムスンの言葉づかいは荒っぽく、思ったことを歯に衣を着せず、ズケズケとものを言うのを見ていると、胸のすく思いがするのだ。その魅力は残念ながら字幕では伝わらないが。

インターネット小説のドラマ化

このドラマの原作は、チ・スヒョン(1973~)のインターネット小説(2004年3月出版)である。これがテレビ局のプロデューサーの目に留まり、ドラマ化することになったという。原作者のチ・スヒョンも、脚本を書いたキム・ドウ(右写真)も、制作当時ともに30代のシングル女性であった。キム・ドウは、女性主人公の“純潔”を強調してきた既存のドラマのスタイルを壊して、もっと現実的な30代の女性像を描きたかったとインタビューで語っている。

1997年に放送作家としてデビューしたキム・ドウは、短編ドラマや「雪だるま」(2003)などを執筆したが、その作風は多少暗いと評されてきた。だから、もっと軽快なドラマを書きたかったという。キム・サムスンをこの世界に送り出して一躍注目されたキム・ドウは、そのプレッシャーの中で、翌年「キツネちゃん、何してる?」(MBC全16話)を発表する。視聴率は10%台にとどまったが、コ・ヒョンジョン(1971~)が演じた主人公のビョンヒは、サムスンよりも果敢な性的表現を使うことによって話題になった。両ドラマとも結末は、安易に結婚にゴールインするのではなく、どうなるかわからないがとりあえず付き合いは続くという風な、開かれた形をとっている。

俳優たち

このドラマの人気の立役者は何といってもキム・サムスンを演じたキム・ソナ(1975~)の演技力にあると言えるだろう。サムスンを演じるために体重を7~10キロ増やして撮影に臨み、彼女自身のさばさばとした性格と、巧みな話術を存分発揮してサムスンを演じ切った。そのお蔭で「キム・ソナ=サムスン」のイメージがすっかり定着し、その後の演技生活でも彼女に被せられる「サムスン」イメージから脱却するのが大変だったときく。最近では、一地方都市の末端職員から市長になる過程を描いたドラマ「シティーホール」(SBS2009)で主人公シン・ミレ役を好演した。

一方、ジノンを演じたヒョンビン(1982~)は、当時、デビュー3年目の新人だったが、このドラマで一躍スターとなった。その後、ドラマ「彼らが生きる世界」(KBS2008)、「シークレットガーデン」(SBS2010)など話題性に富むドラマに出演し、先日封切られた映画「晩秋」(2011)でも主人公を演じている。今日の韓国で最も注目される男性俳優であり、今後の活躍が期待される。そんなヒョンビンであるが兵役の義務を果たすために、今月7日に海兵隊に入隊することになっているという。

ドラマに対する反応

このドラマは韓国で女性たちから圧倒的な支持を受けた。ドラマをモニターする女性・市民団体もその報告書で絶賛している。まず、サムスンがこれまでのキャンディー型キャラクターにありがちだった賢くて、善良で、清純な“良い子ちゃん”イメージと“純潔”コンプレックス、“容姿”コンプレックスを克服し、何事にも自己主張するキャラクターであることに注目している。また、サムスンにとって恋のライバルであるヒジンを必ずしも悪人として描いていないことや、サムスンが勤めるレストランの同僚たちとの間も、嫉妬心はありながらも助け合う関係として描かれている点、サムスンの姉イヨンのキャラクターが、離婚したシングル女性をクールに描いていることなども評価している(民友会クォン・ジヨン「ドラマと芸能娯楽プログラムの中の女性」)。

ちなみに、原作の小説もドラマ化によって更に注目を集め、児童向けの漫画にもなり、演劇にもなっている。演劇について言えば、今年の1月から4月までの予定で上演されており、私も先日、ソウルの東崇洞にある劇場で見る機会があった(写真は演劇のポスター)。演劇はドラマのエッセンスを90分に圧縮し、上手に舞台化されていた。私が訪ねた日は風雨の強い生憎の天候だったが、2,30代の女性たちを中心に大勢つめかけ、活気のある舞台を見ることができた。サムスンを演じた俳優は、キム・ソナのように太ろうと努力したが、プレッシャーのせいで却って痩せてしまったとのことだが、元気一杯でサムスンを上手に演じた。

この演劇は「韓国の3Sを慰労し、希望を与える作品」だと自己紹介している(パンフレットより)。3Sとは“Seventies – Singles – Stuck”つまり“1970年代生まれのシングルで、結婚の道が塞がれた”という意味だそうである。本人の意思とは無関係に韓国で非婚が増えていることを示唆する新しい造語である。キム・ドウの次の作品を期待したい。

写真出典:http://www.imbc.com

http://www.pusstv.com/c2_ysRjOT57Xo

http://www.hani.co.kr

筆写撮影

カテゴリー:女たちの韓流 / WAN的韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛