2012.02.20 Mon
もう20年以上も前のこと、Sentimental Journey(感傷旅行)と、ひそかに名付けて夫と二人、離婚旅行に出かけた。五木寛之著『内灘夫人』がお気に入りで、北陸の金沢・内灘の海へ。
『内灘夫人』の主人公・沢木霧子と夫の良平は、1950年代、革命を夢みて、ともに学生運動を闘い、内灘の米軍試射場反対運動を激しく闘った仲間。結婚後、10数年、事業に成功した夫との距離感に、霧子は、むなしくアバンチュールで日を送る。舞台は60年代後半、大学闘争のさなか。霧子はある日、デモをする学生活動家・森田克己に自らの若い日を重ねて声をかけ、彼を内灘の地に誘う。
やがて夫の失踪、自宅の焼失など、失うものは何もなくなった霧子は、ひとり内灘に旅立ち、夜の暗い海に向かって、その地で新しく生きていくことを決意する。
早春の2月、内灘への離婚旅行。金沢から鈍行で内灘まで行く。日本海の波が打ち寄せる砂浜に、当時の闘いのあとは何もなかった。ただテトラポットが並ぶだけ。春は名のみの寒風に吹かれて、「さあ、明日から私も、霧子のように何もかも捨てて、ひとりで生きていこう」と決心した。
京都に戻った翌日、職安に行くが、45歳の専業主婦に働き口はない。たった一つ見つかった、おそば屋さんの求人に、とりあえず働くことにした。
それにしても、女がひとりで生きることは、なんと自由で楽しいことか。そしてそれを支えてくれたのは女たちのシスターフッドだった。
「あんたはフェミニストの風上にもおけない」と叱られながらも、彼女たちはみんな、優しかった。その後、女性の企画会社に誘われて働いたり、女の運動グループで活動したりして、別れてからの充実した20数年が過ぎさった。
女も男も、ひとりまえに生きるのはあたりまえ。「誰かが、誰かのために生きる」のは間違っている。ところが家族という仕掛けは、それを見えなくしてしまうのだ。女に「役割」を果たさせることを美徳として。私も、惚れた弱みと若気の至りで結婚し、子どもを産み、姑をみとって、ずっと「役割」を生きてきた。「いやなことは、いや」と言う気持ちさえなく、そのことを、あたりまえに思っていた。
姑をみとってしばらくたった頃、夫が、「もっとお互い、自由に解放されよう」と言い出した。その言葉を、私からではなく、向こうから言い出されたことが、今はちょっと悔しい。私の自立の道さえ相手に敷かれてしまったのだから。
結婚して20年、箸の上げ下ろしさえ一度もいやと思ったこともなく、夫に同一化されてしまっていた私を、夫は、あやういと危惧したのかもしれない。家族という戸籍制度に止まる限り、女と男は決して対等にはなれない。一組の女と男が、家族という排他的な装置に縛られることから互いに解放されて生きようという提案だった。
駒尺喜美さんが読み解くフェミニストの視点は、その頃の私の目を覚まさせてくれた。たとえば夏目漱石の『行人』。
漱石自身でもある主人公の一郎は、妻の直との間にスピリットを通わせられないことに悩む。苦しんだ末に一郎が行き着いた最後のセリフが見事だ。女と男が対等に生きられない原因を、女にではなく、男自身に求める視点に立つからだ。
「嫁に行く前のお貞さんと、嫁に行ったあとのお貞さんとはまるで違ってゐる。今のお貞さんはもう夫の為にスポイルされてしまってゐる」
「一体、何んな人の所へ行ったのかね」
「何んな人の所へ行かうと、嫁にいけば、女は夫のために邪になるのだ。さういふ僕が、すでに僕の妻を何の位悪くしたか分らない。自分が悪くした妻から、幸福を求めるのは押が強過ぎるじゃないか。幸福は嫁に行って天眞を損はわれた女からは要求できるものじゃないよ」。
「一緒にいても、ひとりでいられる関係、ひとりでいても、一緒にいられる関係」が、女と男(ヘテロとは限らないが)のあるべき関係だとすれば、個を選びとりながら、他を排せず、人を所有せず、自由に生きることが、どこまで可能なのか。難しくもあるが、また楽しくもある。
40代半ば、離婚を選びとった私。今、娘も、子連れで同じ道を選びとろうとしている。
そう、離婚は決してバツイチではない、ハナマルなのだ。彼女の後半生に、祝福を!
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