2013.09.18 Wed
☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。
舞台は1930年代。デイジーは、米国の片田舎の町で、老いた母親の世話をしながら静かな生活を送っている、ごくごく普通のつつましい女性です。彼女が他の人とちょっと違っていたのは、親戚にアメリカ合衆国大統領、フランクリン・デラノ・ルーズベルトがいたこと。彼女はちょっとしたきっかけで、それまでめったに会うこともなかったこの従兄弟の話し相手になります。
時あたかも第二次世界大戦開戦前夜。アメリカに支援を求めるために英国王として初めて米国を訪れるジョージ6世を自邸に迎える準備も進められており、大統領としての重責に大きなストレスを感じていたフランクリンは、安らぎを与えてくれるデイジーに、いつしか愛情を抱き始め、二人はいわゆる“恋人同士”の関係になります。
もちろん、フランクリンは独身ではなくれっきとした妻帯者ですが、妻エレノアは非常に先進的な考えを持つ“強い女性”で、女性の恋人がいて、自分だけの生き方と生活を持っています。さらに彼には、息子を何かにつけ支配しようとする同居の母親サラもいます。また、フランクリンという男性の立場がきわめてユニークなのは、世界最高の権力者の一人であり、なおかつ強力なリーダーシップとカリスマ性で国民の心をつかみ、米国史上最も長く大統領職を務めた人物である一方で、小児麻痺による下半身不随の障がい者という身体的弱者でもあったということです。
そんな境遇の中、優しく穏やかなデイジーの存在は、フランクリンにとってまさに“癒やし”であり、彼が否応なくデイジーに惹かれていったことは想像に難くありません。そして、そうした強さと弱さを併せ持った魅力的な男性に必要とされたデイジーは、分別を弁えた奥ゆかしい女性なので、公の場にしゃしゃり出たりはせず、陰で彼を精神的に支えます。しかし、母の世話をする以外に特別にすることもなくひっそりと暮らしていたデイジーにとって、大統領であるフランクリンの心の支えになっているという思いは、単なる男女の恋愛関係を超えた究極の自己実現であり、自己承認欲求を満足させてくれるものであったろうと思います。それを表すように、デイジーの表情には静かに輝くような微笑みがあり、妻エレノアもデイジーの存在を容認しているようでもありました。
ところが、そんな充実した日々を送っていたデイジーは、ある日、衝撃的な事実を突きつけられます。その事実に言葉も出ないほどのショックを受け、悩み苦しんだデイジーは、最終的にある決断をします——。
これは、男女の関係が今よりはるかに保守的だった時代の物語であり、デイジーの決断に女性として共感するか反感を覚えるかは、映画を観る人次第だと思います。フェミニズム的視点では、エレノアの生き方が理想かもしれません。けれども私は、当時の“普通の女”であるデイジーの取った行動に、状況に流された弱い女の姿ではなく、自分でひとつの関係を選び取った大人の女性の清々しい覚悟を感じました。
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Story
アメリカが不況のただ中にあった1933年に第32代アメリカ合衆国大統領の座に就いたフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)。彼は、下半身が不自由で車いす生活だったにも関わらず、強いリーダーシップを発揮して国民の支持を集め、米国史上四選された唯一の大統領として歴史に名を残した。そしてその陰には、彼が誰よりも信頼し、愛した女性デイジーの存在があった――。FDRの知られざる顔を描いた実話の映画化。
『私が愛した大統領』/HYDE PARK ON HUDSON
フランクリン・デラノ・ルーズベルト:ビル・マーレイ
デイジー:ローラ・リニー
エレノア・ルーズベルト:オリヴィア・ウィリアムズ
英国王ジョージ6世:サミュエル・ウェスト
王妃エリザベス:オリヴィア・コールマン
監督:ロジャー・ミッシェル
配給:キノフィルムズ
2012年/イギリス/カラー/英語/94分
2013年9月13日より、TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマ他全国ロードショー
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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち
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