2014.02.20 Thu
八千代座は1910年(明治43年)、熊本県山鹿の実業界が組合を結成、民の力でつくった、雅びな「芝居小屋」だ。設計は廻船問屋の主人で灯籠師でもあった木村亀太郎。
洋風の三角屋根の小屋組みはトラス工法と呼ばれ、柱が少ない。館内は広々とした客席空間になっている。
枡席は斜めにだんだんと腰高になる桟敷席。花道の七・三の位置にあるスッポン。役者がそこから競り上がってきて大見得を切るところ。それも下から人力で押し上げる仕掛けだ。ときには忍者や妖怪も飛び出してくる。
舞台展開を早める廻り舞台を支えるのは奈落にしつらえたレールと車輪。直径8メートルはあるだろうか。ドイツ・クルップ社製の機械は当時のままだという。今も4人の人力で動かしている。奈落の底の石組みは肥後の石工が凝灰岩で積み上げたもの。
天井いっぱいに彩られた広告画は、地元のつくり酒屋や味噌醤油屋などの店の名前が並ぶ。その真ん中には真鍮製の大シャンデリア。戦時中、金属供出で消えてなくなってしまったが、平成の大改修で60年ぶりに昔の姿そのままに蘇ったという。
大正6年には芸術座の松井須磨子と島村抱月の「カチューシャ」の公演。昭和初期には忠臣蔵大歌舞伎。辻久子のバイオリンリサイタル。谷桃子のバレエ公演など、地方の小さな町で華やかな舞台が繰り広げられた。
江戸から明治にかけて海運業の要衝だった土地柄と養蚕や製糸業で栄えた財力で、民の力が生み出した文化も、やがて戦後、テレビの普及とともに昭和40年代、経営不振で閉鎖された。
その後、町の人々は「八千代座復興期成会」を発足させる。昭和63年、国重要文化財に指定され、平成に入り、人々の心意気と寄付によって大修理が始まる。平成13年、二度目のこけら落としは片岡仁左衛門一行の大歌舞伎が上演された。今は地元小学生の演劇公演にも使われている。そして平成22年、八千代座は100周年を迎えた。
復興には坂東玉三郎も一役買った。完成まで20回の公演を重ねている。楽屋には玉三郎丈の地唄舞「鐘ケ岬」(鐘に恨みは数々ござる 初夜の鐘をつくときは 諸行無常とひびくなり)の着用衣裳が飾られていた。
3月には海老蔵がやってくる。「古典への誘い」。きっとすぐに切符は売り切れになるだろうな。
思い立って山鹿の温泉に、母と叔母と私と娘と3歳の孫娘の女5人で出かけた。山鹿灯籠で知られる町は、今も優雅で、雅びな町並みの佇まいが残っている。
八千代座を訪ねると丁寧に案内してくれる。枡席に座り、花道を通り、舞台に上がって、奈落に降りる。あかり障子からの陽がやわらかい、古い楽屋も見せてもらった。
舞台の下をくぐってまた昇ると3階席の大向こうだ。「『成田屋』って呼んでごらん?」と孫娘に誘うと、いつも大きな声で泣く、鍛えた声量で、「なりたやあーッ」と、張りのある掛け声が館内に響きわたり、みんなで大笑い。
山鹿温泉に一泊。翌日は寒中なのに穏やかに晴れた小春日和。阿蘇の外輪山の雄大な景色を眺めてドライブを楽しむ。阿蘇ファームランドで遊んで、クマもんのお土産も買った。
車中、孫がチャイルドシートで歌いだした。「でんでら りゅうば 出てくる ばってん」、NHK教育テレビで覚えた大好きな「わらべ歌」。長崎の龍が出てくる歌だ。
すると90歳になる母が手遊びをしながら一緒に歌いだした。
ところが3歳下の87歳の叔母は、その歌を「知らない」という。戦争中、南蛮渡来のわらべ歌は禁止されたのだという。けん玉も敵国・中国の遊びだからと禁じられたとか。おじゃみまでも。
戦争の足音は着々と、子どもの遊びの世界までも踏み込んできたのだろうか。信じられない。
夜、宿で娘が珍しく毛糸で子ども用のベストを編む。「袖かがりがわからない」といって母に製図を見せると、このところ少々、認知症が出てきて物忘れが始まった母が、一瞬、目を輝かせ、「見せてごらん」と図面を手にとり、「こんなふうに編むのよ」と的確に教えはじめたのだ。
ふーん、やっぱり、昔、好きだったことは、いつまでも忘れないものなんだなあと妙に感心してしまった。
そして、母と叔母に「お雛さまの頃には、必ずまた京都に来てね」と約束をして、短い里帰りの旅を終えた。
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