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映画の中の女たち(7)あなたの全てを理解する”女” 『her/世界でひとつの彼女』/サマンサ 仁生 碧

2014.06.19 Thu

☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。

  

Hこの映画は、近未来——おそらくは今から20〜30年後——のロサンゼルスが舞台です。主人公は40歳前後かと思われる男性のセオドア。他人になり代わってその家族や恋人に素敵な手紙を書く仕事をしていますが、自分自身は離婚調停中の妻をあきらめきれず、精神的に落ち込んだ毎日を送っています。そんなある日、彼は最新の人工知能型OSの広告を見、好奇心から、自分専用のOSをカスタマイズしてもらいます。セオドアの性格や人間関係について幾つか質問があった後、あっという間に「最適化」されたそのOSは、女性の声で、自ら「サマンサ」と名乗り、セオドアと会話し始めます。優れた人工知能というだけあって、サマンサは瞬く間にセオドアの言うことを理解し、要望に応え、相談に乗り始めるばかりか、日々進化していきます。そして日を追うごとに、サマンサは、セオドアにとってかけがえのない存在、誰よりも必要な存在になっていきます。一方でセオドアは、友人がセッティングしてくれた魅力的な「人間の女性」 とのブラインドデートに臨んでみるものの、どうしてもそれにのめり込めず、帰宅後、その顛末をサマンサに話して、気持ちをわかってもらおうとします。セオドアにとって、今やサマンサこそが、一番くつろげる話し相手であり、パートナーになっていて……。

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この話を聞いて、「そんなバカなことがあってたまるか」と思った方も多いでしょう。いくら優れた知能だとはいっても、実体のないコンピューターの声だけの存在に、人間がそこまで依存・執着するなどあり得ない、と。しかし私は、この映画の中の人々の通勤風景にある種の既視感を感じました。皆、小型デバイスを手に持ってそのデバイスと熱心に会話し、周りを見ようともしません。私たちの社会で、皆が自分のスマートフォンだけを一心に見つめ、文字を打っているのとほぼ同じ状況です。今の iPhone にも Siri という名前の付いた音声認識型疑似人格ソフトがありますが、あれを何千倍も進化させ、並外れた学習能力と直感力、そして「人格」まで持った存在がサマンサだと思えばいいでしょう。もし、そういうソフトが本当に手に入ったら?

人間同士だからといって、十全なコミュニケーションが成り立つとは限りません。それどころか、人生においては、互いに「わかってほしいことが伝わらないなぁ」と感じることのほうが多いのではないでしょうか。だからこそ、人は「自分を本当にわかってくれる」と思える相手を心から欲します。とりわけ恋人や夫婦といった関係においては、相手に「誰よりも自分をわかってほしい。自分が望んだときはいつも側にいて支えてほしい」と願う人がほとんどでしょう。しかし残念ながらそれも、現実にはなかなか手に入らない理想です。

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「彼女(彼)」は、常にあなたの側にいて、望めばすぐ現れ、直接の会話やコンピュータ内のデータからあなたを瞬時に理解し、問題を見つけ出し、仕事を完璧に手伝い、楽しく語り合い、慰め、励まし、あらゆる要望に応えようとします。そんな、普通の人間関係では望んでもとうてい得られない、超高度の知性を持った究極の理解者兼味方が、コンピュータOSの形で手に入るとしたら? おそらく少なからぬ人々がそういうパーフェクトな “恋人” に夢中になるであろうと予測できます。それは “異常な”ことなのでしょうか? 少なくとも、このAIのサマンサは、どのように寄り添ってあげれば男性が、いえ、男性に限らず一人の人間が「理解されている」と感じるのかを、期せずして教えてくれている気がします。

サマンサの決定的なハンディは実体=身体を持たないことですが、セオドアとサマンサは、それを乗り越えようとする奇妙な試みさえも行っています。元妻のキャサリンや友人のエイミーなど、“リアル”な魅力的な女性たちも周りに存在する中で、果たしてセオドアが自分とサマンサとの関係をどう発展させ、周囲の人々や社会と折り合いをつけ、最終的にどう世界と関係を結んでいこうとするのか――。それは、ぜひ映画を観て確かめてください。

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Story

近未来のロサンゼルス。代筆ライターのセオドアは、妻との離婚調停中で傷心の日々を過ごしている。そんなある日、彼は、広告で最新の人工知能型オペレーション・システム『OS1』の存在を知り、自分用にカスタマイズされたOS「サマンサ」と出会う。その日からサマンサは、彼の生活になくてはならない存在になった――。人間と実体を持たない声だけのAIがどこまで理解し合えるかを描いた衝撃的な作品。

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『her/世界でひとつの彼女』/Her
セオドア:ホアキン・フェニックス
エイミー:エイミー・アダムス
キャサリン:ルーニ―・マーラ
デートの相手:オリヴィア・ワイルド
サマンサ:スカーレット・ヨハンソン
監督:スパイク・ジョーンズ
配給:アスミック・エース
2013年/アメリカ/カラー/英語/126分
2014年6月28日より、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

公式HPはこちら

© Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち

タグ:セクシュアリティ / 映画 / 恋愛 / パートナーシップ / アメリカ映画 / 女性表象 / アカデミー賞 / 映画の中の女たち / 仁生碧 / 女と映画 / 未来社会