2014.07.05 Sat
今年4月、韓国で起こった旅客フェリー(セウォル号)沈没事故は、乗客・乗員476名のうち多数の高校生を含む304名(行方不明者11名を含む)が犠牲になるという、実に痛ましい事件であった。多数の人命が失われた背景には、適切な避難誘導がなかったということだけでなく、船舶会社の利潤第一主義、管制官・海上警察の怠慢、さらには政府の安全対策の無責任さが指摘されている。船長が真っ先に脱出したのもあきれる話だが、船会社の事実上のオーナーであるユ・ビョンオン会長がいまだに逃亡し続けていることには怒りが込み上げる。
こんな時、韓国ドラマのファンたちがまっ先に思い浮かべたのが「追跡者THE CHASER」(全16話、SBS2012)である(チョン・ソッキ「セウォル号を弔問して“追跡者”がオーバーラップしたいきさつ」エンターメディア2014.5.1、キム・ソニョン「TVスリラーブームとセウォル号」京郷新聞2014.4.28ほか)。
法治国家を牛耳る権力者
このドラマは、娘の死の裏側に隠された真実を明らかにしようとする父親ペク・ホンソク(俳優:ソン・ヒョンジュ)の物語。ホンソクは真面目な刑事である。経済的に裕福ではないけれども、妻と一人娘スジョンとの三人で幸せに暮らしていた。そんなある日、高校生のスジョンが、ひき逃げ事件に巻き込まれて意識不明の重体になる。手術が成功して回復するかに見えたが、容体が急変して帰らぬ人になってしまった。
ホンソクは真相を究明しようと、ひき逃げ犯(韓流スターのpkジュン)を捜し出して法廷に立たせた。ところが、その裁判は思わぬ方向へと展開してゆく。pkジュンの弁護士が差し出す数々の証拠や偽証によって、いつの間にか娘は麻薬と援助交際の常習犯に仕立てられてしまったのだ。妻のミヨンはそのことによるショックから精神を病み、彼女もまた亡くなってしまう。
娘の事故を究明し、加害者の処罰を求めようとしたホンソクは、結局、その背後に立ちはだかる巨大な権力と向き合うことになる。事故当時pkジュンと同乗していたソ・ジス(キム・ソンリョン、写真)は、韓国最大の財閥ハノグループの総帥ソ会長の娘。そしてソ・ジスの夫カン・ドンユン(キム・サンジュン)は庶民の圧倒的支持を得る政治家で、間もなく行われる大統領選挙の最有力候補だった。そのため、この事件が暴かれることを恐れたカン・ドンユンが事件のもみ消しを図ろうとしたのである。
ホンソクとドンユン
カン・ドンユンは貧しい理髪屋の息子として生まれ、子供の頃に嫌というほど苦労を味わった。頭がよく、飛び切りの秀才でもあった彼は、大学時代にソ・ジスと知り合い、そこで垣間見た裕福な世界にあこがれた。ジスの家族に反対されながらも、身分の違いを乗り越えてようやく結婚したが、ジスとはうまが合わなかった。それでもじっと耐え、いずれは誰からも指図されない“権力の頂点”にのぼりつめたいという欲望を秘めてきた。大統領を目指すのも、最終的には韓国最大財閥であるハノグループの総帥の座を奪うためだった。
ジスの父親であるソ会長(写真)はそんなドンユンの思惑をとっくに見抜いていたが、婿のドンユンを自分の後継者にする気はさらさらない。後継者はあくまでも自分の血を引く息子(ジスの兄)の役目なのだ。だからドンユンが大統領になることも、ソ会長にとっては喜ばしいことではなく、息子を脅かすことでしかなかった。男系の家父長制社会である韓国の財閥があくまでも息子を後継者にしようとするのもこんな「血統」意識なのだろうか。
正義を求めることの難しさ
ペク・ホンソクは、カン・ドンユンの権力と金によって真実が覆い隠されてしまった法廷に乱入し、銃弾を放つ。法治国家の神聖であるべき法廷が腐敗しきっていることを訴える象徴的な場面である。ホンソクはpkジュンに向かって銃を向けながら、「今からは私が検事であり、この銃が判事だ。私の質問に答えろ」と叫ぶ。だが、誤発でpkジュンが死に、ホンソク自身が罪人となり逃亡する身となってしまう。こうして逃亡しながらドンユンの犯罪を暴露しようとするホンソクと、大統領になるために何としてでもホンソクを消しさろうとするドンユンとの暗闘がはじまる。
ホンソクとドンユンが結局どのように裁かれるのか。娘の汚名は晴らせるのか。ドンユンとソ会長の権力争いは?最後の最後までハラハラさせられる。セリフにも味わいがあって何度見ても面白い。ドラマのラストシーンではホンソクを演じたソン・ヒョンジュの表情に感動した。しかし、ドラマを見終えて思うのは、依然として最高権力は無傷のままだということだ。それが今回のセウォル号沈没事故の背後にある構造的な“権力”を連想させ、思わずぞっとしてしまった。
脚本家パク・キョンス
ところで、このドラマの人気で断然注目されたのが脚本家のパク・キョンス(1969年~)である。この脚本家は1998年のデビュー以来、「カイスト」(1999)、「私の人生のスペシャル」(2006)、「太王四神記」(2007)などを共同執筆したことはあるが、単独執筆はこれがはじめてだそうである。金鍾学プロダクションに所属している。
このドラマの執筆にあたっては、台本がいつもぎりぎりになって撮影現場に届けられ、俳優たちを苦労させたという。しかし、その卓越したセリフは俳優からも視聴者からも絶賛された。文化体育観光部が主催する「大韓民国コンテンツ大賞」では国務総理賞、第40回韓国放送大賞で作家賞、第49回百想芸術大賞TV部門脚本賞などを受賞した。その後、台本集が出版されている。私は未見だが、「黄金の帝国」(SBS2013)も単独執筆した。
俳優たち
このドラマは年末のSBS演技大賞で、大賞(ソン・ヒョンジュ)、男子優秀賞(キム・サンジュン)、女子優秀賞(キム・ソンリョン)、ミニシリーズ特別演技賞主人公(チャン・シニョン)など、主な賞を総なめした。ドラマの中でハノグループの総帥ソ会長を演じたベテラン俳優パク・クニョン(1940~)は、放送三社のPDたちが選ぶプロデューサー賞を受賞した。パク・クニョンは今でこそ俳優の大御所的存在だが、若い頃(写真)は二枚目ではあったが演技がなかなかうまくできず、自殺しようと思ったことさえあったという。今回のソ会長役は、これまで私が見てきた中で、もっとも印象に残る演技だったと思う。
写真出典
http://food.chosun.com/site/data/html_dir/2012/05/30/2012053001306.html
http://www.kjtimes.com/news/article.html?no=8992
http://www.asiatoday.co.kr/view.php?key=656981
http://www.nemopan.com/6178479
http://cue.imbc.com/TotalSearch.aspx?query=%EB%B0%95%EA%B2%BD%EC%88%98
カテゴリー:女たちの韓流