ケースA

心療内科の医師により環境を変えるように勧められた妻が、長男(3歳)を夫である私のもとへ置いて1人で実家に帰りました。妻は、離婚調停を申し立て、妻も私も代理人をつけ、長男と妻との面会交流についても代理人を介して話し合いを始めました。ところが、妻は、保育園から保育士がいないすきをついて長男を連れ出してしまいました。以後、居場所すら教えようとしません。実家に帰る前まで、妻のほうが子育てを主にしていたことは確かですが、子どもを連れ戻したいです。どうすればいいでしょうか。

ケースB

夫の暴力や不貞が原因で、離婚を決意しました。私の心因反応により主治医が2か月程度の療養が必要というので、仕方なく3人の子(中学生、小学5年、小学3年)を夫の下に残して私のみ家を出ました。その後、離婚を求めて調停を申し立てましたが、調停申立て後も、何度か子どもたちと宿泊付きの面会をしました。しかし、面会交流も応じてくれなくなりました。子どもたちも私になついています。

ケースC  

妻が子どもたち(6歳、4歳)を連れて家を出て実家に戻ってしまいました。別居する前は育児は妻に任せてきましたが、休日は私も子どもの面倒をみてきました。別居後妻は精神状態が悪化し幻聴もあり、一日中鍵を閉めて自室にいて、子どもたちの面倒をみていないようです。子どもは生活が不規則になり深夜に寝てお昼ころようやく起きたり、日中は誰にも構ってもらえずテレビやゲームをしています。小学校入学の手続もしていないようです。引き取る手立てがないでしょうか。

◎連れ去りには法的手続をとる  

子どもを違法に連れ去られた場合には、「急迫の事情があるときに限り」(民事保全法15条)、「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに」(同法23条2項)、審判前の保全処分(家事事件手続法105条以下)の発令を受けることができます。家事審判でも、その確定を待っていては財産が隠されてしまう等の緊急性必要性がある場合、暫定的に対象の財産を抑えておく仮差押等や、暫定的に子どもを引渡せ(連れ去られた子どもを戻す)とする審判前の保全処分が認められています。  

父母が別居する場合、子どもをどちらが育てるか、峻烈な争いになりがちです。裁判所は、違法な連れ去りには厳しい判断をし、自力救済の結果を簡単には追認しません。離婚前でも、監護権について法的決着を図る等手続を踏むことをお勧めします。  

日にちが経ってからの申立ては、保全処分が認められることはまず難しいです。しかし、監護者の指定・子の引渡しの請求は、子の監護に関する処分(家事事件手続法別表第2・3項)の一態様であり、子の監護についての必要な事項は「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」とされています(民法766条1項・2項)。諸事情を総合的に比較考量して、どちらに指定することが「子の利益」になるかによって判断されます。

◎違法性の顕著な連れ去りは厳しく評価  

ケースを具体的にみてみましょう。ケースA,Bは審判前の保全処分の判断、ケースBは審判です。  

ケースAは、東京高決平成20年12月18日家月61巻7号59頁の事案を参考にしました。原審の甲府家審平成20年11月7日家月61巻7号65頁は、別居前まで監護の中心は母であったこと、母子の関係が良好であることから、保全の必要性と本案認容の蓋然性は認められないとしました。  

しかし、東京高裁は、本件の母の連れ去りの態様が、違法性が顕著であることを重視し(母は、父が母に子と会わせるという約束を破ったと主張しましたが、裁判所は、その事実は認められないとしました)、違法性の顕著な未成年者の連れ去りがあった後、人身保護法による請求の場合における法的枠組みをも考慮して、申立ての当否を判断することが、判例(最判平成6年4月26日民集48巻3号992頁)の趣旨に沿うものとしました。そして、「従前未成年者を監護していた親権者が速やかに未成年者の仮の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立てたときは,従前監護していた親権者による監護の下に戻すと未成年者の健康が著しく損なわれたり,必要な養育監護が施されなかったりするなど,未成年者の福祉に反し,親権行使の態様として容認することができない状態となることが見込まれる特段の事情がない限り,その申立てを認め,しかる後に監護者の指定等の本案の審判において,いずれの親が未成年者を監護することがその福祉にかなうかを判断することとするのが相当である」とした上で、父からの申立てを認容しました。違法行為の結果を事実上認めることは,結果的に自力救済を容認してしまうものだと、原審を厳しく批判してもいます。

◎保全処分の申立てが斥けられて本案の申立てが認容されることも

ケースBは、東京高決平成15年1月20日家月15年1月20日家月55巻6号122頁を参考にしました。この事案では小学5年、3年の下2人の子どもが別居中の母(別居前まで主たる監護者)の下での生活を希望しており、中学生の子どもは明確ではないが内心では同様であるとしました。父が母に対して暴力をふるったり、他の女性とつきあい、その女性を家に連れて来るなどの行為をしており、原審(横浜家横須賀支審平成14年8月5日)は、それらの父の言動が子に与える影響を無視しえないとして、緊急性を認め、母の申立てを認めました。しかし、抗告審は、「子の引渡しを求める審判前の保全処分の場合は、子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がなされていてもその目的を達成することができないような場合がこれに当たり、具体的には、子に対する虐待、放任等が現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合などが該当すると解される」として、本件はそれらの事情の疎明がないものとし、原審判を取消し、保全処分の申立てを却下しました。  

なお、本件の本案事件の審判では、子の引渡しが父に命じられ、父からの即時抗告は棄却され(東京高決平成15年1月20日家月56巻4号127頁、保全処分を却下した裁判官と同じで、同じ日です)、許可抗告(高裁の決定等への不服申立て)も棄却されています。

◎「主たる監護者」以外の事情も総合的に考慮する

ケースCは、福岡家審裁平成26年3月14日家庭の法と裁判2号82頁を参考にしました。これは保全処分ではなく、調停から審判に移行した事案です。

審判は、妻について、以下の事情を認めました。①別居時までは、子ら(2007年生、2010年生)の主たる監護者であり、その監護に特段問題はなかった。②しかし、別居後は、約半年以上に渡り、子らの監護をもっぱら実家に任せて、自らはほとんど関わっていない状態にあり、監護意欲が著しく低下している。③実家についても、子らの生活全体を通してその生活や躾をしている者はなく、そのため、子らは起床・就寝時間・食事時間が遅く、菓子で食事を代替するなどの不規則な生活を送り、日中もほとんど子ら2人でテレビやゲームで遊ぶという生活が日常化している。④長女は2014年小学校に入学すべきところ、妻はその手続をしておらず、対話性幻聴などがみられる現在の精神状態に照らして今後もその手続がされる見込みはない。  

一方で、夫については、以下の事情を認めました。①別居時までは主たる監護者ではなかったが、休日等にはその監護に関わっていたもので、その監護内容に問題をうかがわせる事情はない。②子らを保育園や小学校等に通わせる手続を済ませ、自らの勤務内容等も調整して、適切な監護態勢を具体的に整えており、監護意欲が高い。③別居後も面会交流を継続し、子らとの関係は良好である。長女は小学校入学及び申立人との同居に積極的な意向を示している。  

その上で、両者の監護意欲、監護態勢を比較して、父を監護者として指定し、母に父へ子らを引き渡すよう命じました。  

監護者指定及び引渡しの判断基準は、諸事情を総合的に考量して、指定等が「子の利益」になるかどうかであるといわれます。諸事情の中で「主たる監護者」の要素は重視されますが、それが唯一絶対ではありません。その他の事情も考慮されることは当然です。