
ロシアの田舎の村で、一人つつましく年金暮らしをしている73歳のエレーナ(マリーナ・ネヨーロワ)は、あるとき病院で、突然の余命宣告を受けてしまう。彼女のカルテを見た医師から、いつ心臓が止まってもおかしくない状態だ、と告げられたのだ。
彼女の夫はすでに他界し、ひとり息子のオレク(エヴゲーニー・ミローノフ)は街へ仕事に出たまま、忙しいからと5年に一度しか顔を見せない。
エレーナは考えたすえ、自分が死んだときにオレクに迷惑をかけないようにと、自ら葬式の準備を始める。役所へ行って埋葬許可書をとり、棺を購入してバスで運び・・・と、自分のプランどおりに着々と死後の準備をすすめ、あとは自分が死ぬだけ、となったのだが――。


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死期を意識したひとりの女性の「終活」が、ユーモアと温かみをもって描かれるコメディ作品だ。なんといっても、登場人物の一人ひとりが個性的で面白い。素朴な風景に、エレーナが暮らす木造の家の年代物のインテリアや、彼女が身につける、質素だけれどキュートな装いなど、片田舎の小さな世界を背景に展開する物語は、まるで絵本のページをめくっていくような楽しさを覚えてしまう。
村にある唯一の学校の教師だったエレーナは、一人で決めて行動し、誰かに頼るということをしない(村のあちこちにいる「元生徒」たちに頼むことはする)。彼女の友人でもある隣人のリューダ(アリーサ・フレインドリフ)は、おせっかいな性格で憎まれ口をたたいてばかりいるが、心根が優しく、エレーナのそんな人柄も受け入れて付き合っている。このふたりが、すったもんだしたあと、夜中にお酒を飲みながら語り合うシーンが最高だ。リューダの、あけすけな態度とセクシュアルな話題もいい(とつぜんメル・ギブソンの名前が登場し、吹き出しました)。
エレーナが自分の顔に死化粧をほどこし、生前の夫との思い出の曲(なんと、ザ・ピーナッツが歌っていた「恋のバカンス」のロシア語版!ロシアでは、今でも国民的な人気を誇る曲なのだとか――)を流すシーンや、母親が死にそうだという連絡をリューダから受けて帰宅したオレクが、町で昔のガールフレンドに再会するシーンなども味わいがある。この、オレクの「元カノ」についての母と息子のやり取りには、母親の野心と言ってもいい、エレーナの意外な一面も垣間みえる。昔のエレーナはおそらく教師然とした、一人息子にとってはずいぶん威圧的な母親でもあったのではないだろうか。時間の重なりと共に、経験した出来事の意味や、家族との関係性は変わってゆく。そのことまで軽やかに描いていて、見終わって豊かな気持ちになる作品だ。
原題は、ちょっと邦題からは想像できない。『Карп отмороженный』(凍傷の鯉/英題はThawed Carp:解凍された鯉)という。本作には、不思議な生命力をもち、物語の最初からエレーナの人生の転機に寄り添う「鯉」が登場する。なぜ「凍っていた」のかは、ぜひ作品を見てほしい。実は、この鯉が物語の主人公なのだ。人の孤独や死について描いているのに愉快であたたかい気持ちにさせられるのは、寓話的な存在の鯉の、人間界へのバカンス(いや、受難か?)の物語だからだと思うと合点がいく。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
2019年12月6日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開!現在、愛知・名古屋シネマテーク、兵庫・シネ・リーブル神戸、福岡・KBCシネマにて公開中。
監督:ウラジーミル・コット 脚本:ドミトリー・ランチヒン
出演:マリーナ・ネヨーロワ、アリーサ・フレインドリフ、エヴゲーニー・ミローノフ、ナタリヤ・スルコワ、セルゲイ・プスケパリス
2017|ロシア|ロシア語|アメリカンビスタ|カラー|5.1ch|100分
原題:Карп отмороженный|日本語字幕:堀上香|ロシア語監修:梶山祐治
後援:ロシア文化フェスティバル組織委員会、在日ロシア連邦大使館、ロシア連邦文化協力庁、ロ日協会、ロシアン・アーツ、日本・ロシア協会
配給・宣伝:エスパース・サロウ
(C)OOO≪KinoKlaster≫,2017r.
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