
1980年代のベトナム・サイゴン(現・ホーチミン市)。身寄りのいないユン(リエン・ビン・ファット)は、高利貸しを営むズーのもとで借金の取り立てを生業としている。口数が少なく、返済が遅れた客には顔色ひとつ変えずに暴力をふるう彼は、周囲からも恐れられる存在だった。
ある日、ユンはベトナム南部の伝統歌舞劇<カイルオン>の舞台小屋へ借金の取り立てにいき、そこで、劇団の花形役者リン・フン(アイザック)と出会う。返済を渋る相手を脅すために、ユンが舞台衣装にガソリンをかけて燃やそうとしたところへ、リン・フンが仲裁に入ってきたのだ。気まずい心地を残しながら、次の日にカイルオンの舞台を観に行くユン。彼の眼差しの先には、悲劇の恋物語を朗々とした声で歌い、艶やかに演じるリン・フンの姿があった。
実は、今は亡き父親がカイルオンの伴奏者だったユンには、子どものころ、父から弦楽器(月琴)と打楽器<ソン・ラン>の手ほどきを受け、父と同じ道へ進もうとしていた過去があった。一方、芸事に人生を注いできたリン・フンも、両親はすでに他界し、身寄りと呼べる人は一座の仲間たち以外いなかった。
明くる夜に、町の食堂で起きた諍いから関りを持つことになった二人は、一晩を共に過ごすうちに互いの境遇や孤独に触れ、急速に心の距離を近づけていく。やがて、互いに、相手に向かう気持ちの意味に気づくのだが――。
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「カイルオン(カイルンとも呼ぶ)」は、20世紀初頭に完成され、ベトナム南部で広がった歌劇スタイルの舞台のことだ。北部や中部に古くからあるチェオやトゥオンといった古典劇に改良(「カイルオン」は漢字でこう書く)を加え、「ベトナム古典音楽に中国の京劇音楽、さらにフランス植民地時代に持ち込まれた西洋音楽をも融合させた」(木村聡『メコンデルタの旅芸人』より引用)楽曲と、同じく多様な国や地域から持ち込まれた物語の混成性を特徴とする。本作では、レオン・レ監督が子どものころから大好きだったという(注1)カイルオンの舞台が映像でもたっぷりと描かれており、ちょっと形容しようのない、独特の節回しが印象的なカイルオンの魅力を十二分に楽しめる。
このカイルオンの舞台に欠かせない楽器のひとつが、ベトナムの民族楽器ソン・ランである。ちなみに「ソン・ラン」という言葉には、「ふたりの(Song)」「男(Lang)」という意味もあるのだそうだ。
映画の冒頭に、ユンが独白する、父親から聞かされたソン・ランという楽器についての語りがある。――ソン・ランはただの楽器ではない。音楽の神を宿し、奏者と演者にテンポを与えながら、人生のリズムを刻みつつ、芸術家の品性を導いていく――。この言葉は、単なる楽器の説明にとどまらない。ユンとリン・フン、カイルオンが結びつけたふたりの、愛の形のメタファーにも感じられる。

ほんとうならカイルオンの奏者を目指していたはずだったユンと、演者として成長の壁にぶつかっていたリン・フン。偶然に出会ったふたりが、相手の中にある自分と同じような孤独や満たされなさを見つけ、胸の内の思いが響き合うのを確かめる、とても美しいシーンがある。ユンが刻むソン・ランのテンポと伴奏にあわせてリン・フンが歌う、息の合ったシーンは、つかの間の幸せに満ちている。ユンの因果には抗えないだろうふたりの悲劇が予想できてしまうだけに、切なく、忘れがたい。
レオン・レ監督は、本作が初の長編監督作品となる。現在は写真家としても活動中というのも納得の、構図と光の美しさはため息がでるほどだ(どの画を切り取っても写真になりそう!大好きな場面が多すぎるので、今回は紹介を割愛…)。ユンを演じたリエン・ビン・ファットは、初主演の本作で第31回東京国際映画祭にてジェムストーン賞(新人俳優賞)を受賞。リン・フンは、ベトナムのアイドルグループ365daband(バーサウナムダバンド)の元リーダーで、グループ解散後は俳優として活躍しているアイザックが演じた。本作で、カイルオンの楽曲を自ら歌い、演じているのも大きな見どころだ。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
注1)東京国際映画祭での舞台挨拶で、レオン・レ監督自ら「(カイルオンは)小さなころから大好きだった」と語っている。(『ソン・ランの響き』Q&A:レオン・レ監督、リエン・ビン・ファット youtube動画参照:https://www.youtube.com/watch?v=9OfG5n1MNAk )
2月22日(土)、新宿・K's cinemaにて公開(公開初日、レオン・レ監督とリエン・ビン・ファットさんの来日舞台挨拶予定)!そのほか、3月14日(土)~愛知・名演小劇場、3月21日(土)~神奈川・横浜シネマリンなど、全国順次公開!
主演:リエン・ビン・ファット、アイザック、スアン・ヒエップ
監督・脚本:レオン・レ
プロデューサー:ゴ・タイン・バン
提供:パンドラ www.pan-dora.co.jp/
配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
2018年/ベトナム/102分/Color
©2019 STUDIO68
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