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今田絵里香さん、日本教育社会学会奨励賞受賞記念インタビュー(下)

2010.10.21 Thu

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.『「少女」の社会史』(2007年、勁草書房)で日本教育社会学会奨励賞(著書の部、2009年9月)と日本児童文学学会奨励賞(2007年10月)を受賞された今田絵里香さんへのインタビューの第二回目です。インタビュアーは林葉子です。

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林 今田さんの『「少女」の社会史』は実証的で堅実な研究書なのですが、現在の「少女」ブームとも内容的に重なる部分があるのではないかと思いまして、その点についてお聞きしたいと思います。
最近の海外における日本文化の受容について論じられるときに「かわいい」というのが一つのキーワードになっていますが、今田さんはこの「かわいい」文化について、どのようにお考えですか?
古賀令子さんという方が『「かわいい」の帝国』(青土社、2009年)という本の中で、日本の「かわいい」文化の源流として『少女の友』にみられるような戦前の「少女文化」を挙げておられまして、そこでは今田さんの『「少女」の社会史』にも言及されています。

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「かわいい」文化の代表的なものとして、しばしば挙げられるのが『下妻物語』にみられるようなロリータ・ファッションなのですが、そのような新しい文化と「少女文化」とは、何が接続し、どこが断絶しているのでしょうか?

今田 戦前日本の『少女の友』において形成された「少女文化」のその後については、現在研究に取り組んでいる途中です。なので、確かなことを申し上げることはできないのですが、私は戦前の「少女文化」と戦後のそれの間には大きな違いがあると思っています。
戦前の『少女の友』における「少女文化」は、都市居住の高等女学生限定の文化でした。そもそも女の一生に「少女時代」が存在するのは一定の階層の女の子に限られています。「少女時代」は労働を免除された時代だからです。すなわち中等教育機関に通うことができる女の子だけに与えられる時代なのです。とすると、「少女」とは、当時の女の子のなかでは高学歴であり、裕福な階層の女の子であるといえます。吉屋信子の「花物語」は、1916年7月に『少女画報』で連載が開始されましたが、いわゆる「美文」といわれる文体で、和文の形式に則った文体になっています。一定の学力がないと読めません。『少女の友』の読者投稿欄には、吉屋信子の文体を模倣した作文が多数掲載されているのですが、一定の学力がないと投稿することはできません。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.しかし、戦後、中学校が義務教育化し、高校進学率が上昇していきます。今日のように高校進学率が95%を超える社会においては、ほとんどの女の子に「少女時代」が存在するということになります。とすると、戦前と戦後では、「少女文化」の担い手が大きく異なっているといえます。その意味で、戦前の「少女文化」には、戦後のそれとは違い、高学歴であること、裕福であることの誇りが含まれているといえます。
ちなみに、「かわいい」は戦後の「少女文化」ではないかと私は考えています。『少女の友』の通信欄には、『少女の友』を褒め称える言葉が毎号掲載されているのですが、「かわいい」という言葉はほとんど掲載されていません。代わりに大量に掲載されているのが「美しい」という言葉です。投書仲間を褒めるときも「美しい」という言葉が使われています。「かわいい」は弟妹など、小さな子どもに使っていたようです。投稿欄は「美文」を読み書きする才女の集まりですので、読者を子ども扱いしたり侮辱したりするような記事には抗議が殺到しました。したがって読者は「かわいい」にも抵抗があったのかもしれません。

林 なるほど。戦前と戦後の違い、「かわいい」と「美しい」の違いというのは、本当に面白いテーマだと思います。今後の今田さんの研究の展開が楽しみですね。ぜひ、最近のご関心について、もう少し詳しく教えて下さい。『「少女」の社会史』で論じられたご研究は、これからどのように展開なさるご予定でしょうか? また研究に限らず、現在、力を入れて取り組んでおられる事柄がありましたら教えて下さい。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.今田 最近は二つのことに取り組んでいます。第一に、戦後の「少女」と「少女文化」について研究しています。とくに「エス」と「異性愛」に焦点を当てています。第二に、戦前の「少年」と「少年文化」について研究しています。とくに「「少年」にとって文芸とは何だったのか」という問いに取り組んでいます。
そして、今私が所属しているグローバルCOE では、京都大学女性研究者支援センターと協力関係を結んでいるので、女性研究者支援事業にかかわったり、調査を実施したりしています。
京都大学女性研究者支援センターは2006年9月に設置されました。私は週に二、三日、同センターに出勤し、事業にかかわってきました。とくに、私が実施してきたのは、第一に、若手女性研究者のためのシンポジウムの開催です。女性の大学院生・ポスドクにとって、身近にお手本となる女性研究者が数として少ないので、どのように研究を進めていったらいいのか、またどのように男社会を生き抜いていったらいいのか、わかりにくいのです。なので、シンポジウムでは、さまざまな分野の女性研究者をお招きし、若手に向けたアドバイスをしてもらっています。
第二に、若手女性研究者に着目した調査の実施です。京都大学の女性研究者は30代が半数以上を占めます。男性研究者はどの年齢にもまんべんなく存在します。が、女性研究者は職階の低い層、あるいは雇用の不安定な層に集中しているのです。したがって、京都大学の女性研究者に狙いを定めて調査を行うと、若手を扱うことになります。若手が今ぶつかっているのは、研究者のポストを得ることが困難であるということ、たとえ得ることができても任期つき、あるいは非常勤のポストが多数を占めるため、不安定な就労を余儀なくされていることです。京都大学の調査によると、男性研究者の多数が紹介でポストを得ているのですが、女性研究者の多数は公募で勝ち抜いてポストを得ていることがわかっています。となると、若手女性研究者は業績を積むしかありません。しかし、30代は出産・育児に直面する時期でもあるので、ますます業績を積むことが困難になります。このような若手女性研究者の困難を浮き彫りにしたのが、「京都大学の女性ポストドクター」(女性研究者支援センター編『京都大学 男女共同参画への挑戦』明石書店、2008年)です。最近は、とくに文系の若手女性研究者が困窮していることが、調査によってわかってきました。文系の若手女性研究者は、他の分野に比べると、本人も配偶者も非正規のポストに就いている割合が高いです。少なくとも京都大学ではそうです。理系には「ポスドク」といわれる有給のポストがありますが、文系にはなく、月1コマ3万円の非常勤講師を掛け持ちして暮らさざるを得ないのです。

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もちろん、女性研究者支援センターは、他にいくつも事業を実施しています。ここでは三つ紹介したいと思います。一つ目は相談事業です。女性研究者が男社会を生き抜くとき、いろんなストレスを抱えます。そのストレスを軽減するため、女性研究者支援センター内に、女性カウンセラーによる相談窓口を開設しています。また、女性教員によるメンター制度も設けています。こちらは研究について相談するものです。二つ目は育児支援に関する事業です。主なものに病児保育室と保育園入園待機乳児保育室があります。病児保育室は、京都大学医学部附属病院のなかに設置されています。子どもが病気になったときに預かってくれる保育室です。専門の小児科医が配置され、看護師、保育士が保育を担当しています。また、乳児保育室は女性研究者支援センターの1階にあります。近隣の保育園では年度途中の入園が困難です。そこで、年度の途中に生まれ、保育園入園を一時待機しているお子さんの保育を行っています。毎年9月1日以降の開設です。毎年9月になると、生まれたばかりの赤ちゃんがやってきて、センターがにぎやかになります。どの赤ちゃんもかわいいです。仕事に疲れたとき、ふと庭を見下ろすと、赤ちゃんが保育士さんに抱っこされてにこにこしているのです。本当に心が和みます。他に、「おむかえ保育」「一時保育」があります。三つ目は、研究支援に関する事業で、「研究実験補助者支援制度」というものがあります。これは育児・介護中の研究を補助してくれる人員を雇うことができる制度です。
こんなふうに見ると、私は女性研究者支援センターの事業のなかでも、若手女性研究者に関するものにかかわっているといえます。これは、私自身が若手女性研究者であり、多くの若手女性研究者が直面しているであろう困難に、私自身もぶつかっているからにほかなりません。私は任期つきの助教です。任期は一年で、一年ごとに契約が更新されることになっています。しかし、いつ更新が途絶えるかわかりません。更新がなされないと、生存の危機に陥りますので、毎日非常に不安です。しかしこのような不安は私だけが抱えているのではありません。多くの若手女性研究者が同じような不安を抱えながら研究をしています。そのことをたくさんの人に知っていただきたいと思っています。

林 若手女性研究者が直面する困難については、私自身がまさに当事者ですので、その深刻さを日々実感しています。男女を問わず、専任教員としての職を得ていない若手研究者は、現在、大げさでなく、日々「生存の危機」に向き合い、不安と闘いながら研究を続けていますよね。女性であれば、この熾烈な生存競争と出産・育児の時期が重なることによるストレスが加わります。私は大学院に通いながら二人の子どもの出産と育児を経験しましたが、当時、私が通う大学院では、制度としての育児支援のシステムはほとんどありませんでしたので、京都大学の先端的な試みは、本当に素晴らしいものだと感じています。
ぜひ、若手女性研究者が抱える困難について、多くの人に関心を持ってもらい、志ある若い女性たちが、研究も出産・育児も両方あきらめずに継続できることが可能な社会をつくっていけるよう、工夫を重ねていきたいものですね。
今田さんは、歴史研究の方面でのお仕事と同時に、女性研究者支援のお仕事もなさっていて、体力的にもなかなか大変なことかと思いますが、これからもお元気で、ご活躍いただきたいと思っています。
このたびは、長いインタビューにおつきあいいただき、ありがとうございました。

「なお、今田さんは現在、京都大学大学院 文学研究科特定助教をされています。」

imadaerika・京都大学グローバルCOEプログラム「親密圏と公共圏の再編成をめざすアジア拠点」
http://www.gcoe-intimacy.jp/

・京都大学女性研究者支援センター
http://www.cwr.kyoto-u.ac.jp/index.php








カテゴリー:ジェンダー学 受賞情報