2006年に出版され、#MeToo運動をきっかけに再注目された現代フランスを代表するフェミニズム・エッセイ『キングコング・セオリー』を翻訳しました。著者はフランスの女性作家ヴィルジニー・デパント。

本はこんなふうに始まります。

「私はブスの側から書いている。ブスのために、ババアのために、男みたいな女のために、不感症の女、欲求不満の女、セックスの対象にならない女、ヒステリーの女、バカな女、『いい女』市場から排除されたすべての女たちのために。最初にはっきりさせておく。私はなにひとつ謝る気はない。泣き言をいう気もない。自分の居場所を誰かと交換するつもりもない。ヴィルジニー・デパントであることは、他のなによりおもしろいことだと思うから。」

フランス語で初めてこの文章を読んだ時に、その力強さ、リズム、威勢のよさ、「だめ女」とされる側から書く視点に強く魅きつけられ、ぜひ自分の手で訳したいと思いました。

デパントの立場は、いわば社会的に排除された側から見た反権力のフェミニストです。

17歳でレイプ被害にあった経験、そこからの回復過程としての売春、あるいは最低賃金で働かざるを得ないような金のない女のサバイバル術としての売春について、デパントは率直に語っています。

また、自身が監督した映画が暴力的・ポルノ的だという理由で検閲の対象になった経験から、ポルノと検閲についても持論を展開してゆきます。

どちらの議論にも共通しているのは、問題なのは性自体や性サービスを売ることではなくて、女性の身体や性を管理しようとする国家の権力のほうだ、という反権力の姿勢です。

ほかにも、男女の性別二元論を撹乱する存在としてのキングコングについて論じた章もあります。

ですが、そうした主張もさることながら、デパントの魅力はなんと言っても、パンクな書き振り、文体、作家ならではの鋭い指摘やユニークな論のはこびです。読み物としてのおもしろさがあるフェミニズム・エッセイなんです。

そこで、以下に章ごとの引用をご紹介したいと思います。この鋭さと力強さに何か惹かれるものがありましたら、ぜひ全編読んでみてください。

■第1章 バッド・ガールズ

「私はブスの側から書いている。ブスのために、ババアのために、男みたいな女のために、不感症の女、欲求不満の女、セックスの対象にならない女、ヒステリーの女、バカな女、「いい女」市場から排除されたすべての女たちのために。」(本書10頁)

■第2章 やるか、やられるか

「全能の国家は、私たちのためだといって、私たちを幼稚化し、ありとあらゆる意思決定に干渉する。そして私たちを守るという名目で、私たちを無知な子供の状態、制裁や排除を恐れる状態にとどめようとする。女を孤立させ、受け身にさせ、消極的にさせるすぐれた道具である〈恥〉を利用して。」(37頁)

■第3章 堕落しきった女をレイプすることはできない

 「あの夜、私は私の性別におしつけられている規範から外に出て、やつらの喉をひとりずつ掻き切ってやりたかった。女だから、暴力は女のやることじゃないから、男の体が無傷であることは女の体がそうであることよりも重要だからという理由で抵抗しない人間として生きるよりも。」(61頁)

■第4章 敵と寝る

「女が合意し、きちんとした報酬が支払われる場合、男の性欲それ自体は女に対する暴力にならない。暴力的なのは私たちに対しておこなわれる管理の方だ。つまり、私たちのかわりに私たちにとって、なにがふさわしく、なにがそうでないのかを決める権力の方である。」(115頁)

■第5章 ポルノは暴く

 「私の性欲は複雑だ。性欲が私に教えてくれることは、必ずしも私の気に入るわけでなく、私がそうありたいと願うあり方と常に一致するわけでもない。それでも私は、私の性欲について知りたい。安全な社会的イメージを保つために目を背け、自分について知っていることを否定するかわりに。」(125頁)

■第6章 キングコング・ガール

「キングコングはオスともメスともつかない、人間と子ども、善と悪、原始と文明、白と黒のあわいの存在を体現している。男女の性別二分法が義務づけられる前のハイブリッド。映画の[髑髏]島は多様な、きわめて強力なセクシュアリティの可能性を示している。」(152頁)

■第7章 女の子たち、さようなら。よい旅を

「フェミニズムは女性、男性、それ以外の人々がみんなでする冒険だ。現在進行形の革命。世界の見方、選択。女性のちっぽけな特権を男性のちっぽけな既得権と対立させるものではなく、それらすべてを捨て去ることなのだ。」(198頁)
(あいかわ・ちひろ 翻訳者)

書誌データ
書名  キングコング・セオリー
著者  ヴィルジニー デパント
翻訳者 相川 千尋
出版社 柏書房
刊行年 2020/11/26
定価  1870円(税込)

キングコング・セオリー

著者:ヴィルジニー デパント

柏書房( 2020/11/26 )