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「日常(コウフク)」ってやつ nichica
2011.04.08 Fri
人と、そして人外のものたちが集まる場。他と区別されているからこその安心感と心地よさを発揮する「居場所」がより開かれた「広場」さらには「社会」へとつながっていきますように。そんな願いを鷹番みさごさんのエッセイから受け取った。
ここでは、まだ今しばらく「居場所」と「人外のもの」に思いを馳せていたい。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.年が明け社会が日常を再会し始めた頃、「子どもたちと明日をつくろう!」と題された児童虐待防止シンポジウムへ行った。そこで、NPO法人社会的養護の当事者参加推進団体日向ぼっこ理事長の渡井さゆりさんと「出逢った」。きっと私は彼女のことを「(肩書き・職業)さん」ではなく「渡井さん」と呼んで話をするだろう。もちろん、個人的な面識ができたという意味ではなく、あくまで「社会的養護の当事者」という文脈の中で彼女の一面に触れただけではあるが。シンポジウムの帰りに渡井さんの自伝『大丈夫。がんばっているんだから』を買って帰った。淡々と綴られた文章がさらさらと流れ、すぐに読み終えることができるので、気になった方は構えることなくそっと手にとってみてほしい。
今回は「居場所」に関わる部分を少しだけ切り取ってご紹介し次の話題へと繋げよう。渡井さんは児童養護施設や里親家庭など社会的養護の下で育った若者が集い、悩みを語り合う「日向ぼっこサロン」の運営団体の代表をしている。「集った人たちで生活の一部を共有できればいい」という思いから、みんなで食卓を囲めるようにキッチンを用意したという。でも、ただ食卓を囲むだけでなく、料理をする人、食器洗いをする人などそこに来た人には何らかの手伝いをしてもらう。そんな風に生活を分かち合うことで、知らない人同士でも次第に気心が知れ、さまざまな話題が上るようになるそうだ。
ところで、私は<生活を分かち合うこと>が描かれた物語が結構好きだ。最近面白かったマンガが二つある。
一つは、「2010 WAN的イチオシ・マンガ④ horry」でも取り上げられていた『海月姫』である。都内の再開発地区で趣ある天水館にはくらげオタで自称腐女子(ここでは、オタク女子という意味で使われている)の主人公月海に始まり三国志オタ、鉄道オタ、日本人形オタ、枯れ専らが住まい、そこは男子禁制かつおしゃれ人間禁制の極めて閉鎖的で保護された空間である。そこにひょんな事から超おしゃれ女装男子、蔵子(本名は蔵之介。月海以外には女性で通っている)が遊びに来るようになり、ぶっとんだ発想と度肝を抜く行動力が天水館に荒々しいまでの新しい風を吹き込んでゆく。一人ひとりウザいぐらいマイペースでマイワールドな天水館の住人たちだけど、週に一度はともに食卓を囲み、頻繁に甘味とお茶を囲み、何より天水館の住人同士という彼女たちのつながりは緩くも強い。そして彼女ら以外の登場人物もかなりの曲者揃い。同調圧力とは無縁のキャラクターたちは天晴れで、読後はちょっと元気になれるマンガだ。
もう一つは『荒川アンダーザブリッジ』。荒川の河川敷に住まう変な人や人外のものたちの物語だ。金星人のニノと大企業の御曹司リクのラブコメということになっているものの、2人以外のキャラの存在感がありすぎて電波系群像劇といったところだろうか。カッパの着ぐるみを着た自称妖怪の「村長」を筆頭に星型のマスクをかぶったミュージシャン「星」、戦闘好きな大男の聖職者「シスター」、牧場を営む「マリア」は男を言葉攻めでいじめるのが大好き、などなど。そんな河川敷の住人が小気味良いテンポで全力でボケまくる。そこでは皆、それぞれの役割(仕事)を持っている。「何の仕事もしない役割」の者もいるのだが…。河川敷というだけあって空間的な閉鎖性はない。かなり開けっぴろげで「居場所」というより「広場」という感じだろうか。とはいえ、河川敷の外と中には大きく隔たれている。ファンタジーというよりシュールな物語が描く「心のキョリ」とか「人(人外のものも含め)と人との間にある何か」はやけにリアルである。
最後に、居場所というか生活、そして人外のものといえば『船を建てる』に触れないわけにはいくまい。ご存知の方も多いのではないだろうか。主人公はアシカ2匹、その名も「コーヒー」と「煙草」。え、それ名前?って初めて見たときはビックリだった。アシカ以外にもウサギや人間が同じ地平に出て来て、大体性別も分かるのだが、煙草とコーヒーだけは分からない。どっちなのか、2匹が異性なのか同性なのか、そんな事はどうでもいいんだよと言わんばかりに、ただただ2匹の間に横たわる日常という名の幸福と親愛の情とが描かれている。こちらはギャグマンガではないのだが、それでもやはり「くすり」と笑ってしまう描写がちりばめられていて、私にとっていつまでも愛しい存在だ。
ところでつい先日、無印良品の「BGMコレクションボックス BGM2~11」を買った。これは「世界各地の生活から生まれ、時代を超えて愛され続けている音楽を、発掘しご紹介する」というコンセプトで作られていて、その音の連なりは生活に染み込んでくる。CD1枚ごとに地域が変わる。1人住まいの夕食時これを聴くとなぜか人肌のぬくもりを感じる。食卓について思う、今居るここが私の居場所なのだと。
次回「ケアの座標軸」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから
カテゴリー:リレー・エッセイ