エッセイ

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ロンドン、ブルームズベリーをゆく(旅は道草・19) やぎみね

2011.08.20 Sat

ヴァージニア・ウルフの家

  「私が花を買ってくるわ」とダロウェイ夫人は言った。ヴァージニア・ウルフの小説『ダロウェイ夫人』は、こんな書き出しから始まる。

 『私ひとりの部屋』(村松加代子訳 松香堂 1984年)を、京都の「女の本屋さん」松香堂書店で手にしてから、フェミニスト作家・ヴァージニア・ウルフのことが、なんだか胸の奥で気になっていた。

映画「ダロウェイ夫人」も、その原作をモチーフにした「めぐりあう時間たち」も、もちろん見た。大好きなニコール・キッドマンとメリル・ストリープが出ていたから。

 ヴァージニア・ウルフが、ロンドン・ブルームズベリーに住んでいたと知って、その地を訪ねようと思いたった。

 ブルームズベリー地区フィッツロイ・スクエアに、その家はあった。スクエアに生い茂る木々が、タウンハウスに緑陰を落としていた。

  イングリッシュ・ヘリテッジ (English Heritage) が選定するブルー・プラークには、「Virginia Woolf  1882-1941 Novelist and Critic lived here 1907-1911」と記されていた。ヴァージニアは妹エイドリアンと、しばらくこの家に住み、1912年、レナード・ウルフと結婚。「意識の流れ」を描く作風で多くの作品を世に送り出したのち、1941年3月、夫に感謝の手紙を残して、自らウーズ河に身を投じた。

  宿はラッセル・スクエアにほど近い、カートライト・ガーデンズに面したGeorge Hotelに決めた。「予約してないんだけど・・」とフロントで告げると、女ひとりなのを、ちょっといぶかしそうにしたけれど、「OK」と、泊めてくれた。階段をトントンと降りてきた黒ねこが、おすまし顔で迎えてくれる。

ポロック

  ブリティッシュ・ミュージアム近くの小さな「Pollock’s Toy Museum」に行く。ヴィクトリア時代の劇場模型や操り人形が、所狭しと並んでいる。手にとって傾けると「フギャア」と音が出る、びっくりおもちゃを、ひとつ買った。

パブ

  ホテル近くのパブに入る。ギネスビールがうまい。隣席のおじさんが「三島由紀夫って知ってるかい?」と話しかけてきた。もちろん、こちらは英語がしゃべれない。それでもなんとか気持ちは通じて、楽しいお酒が飲めた。

  北へ歩けばユーストン、セント・パンクラス、キングズ・クロスの三駅が並んでいる。かつて鉄道が競合していた時代の名残か。ネオゴチック建築の立派な駅舎は、10年前、少し寂れていたけれど、2007年、ユーロスターの新駅「セント・パンクラス・インターナショナル」としてオープン。2012年のロンドン・オリンピックに向けて、今や新ランドマークになっていると聞く。

セントバンクラス駅

 2004年3月、スペイン・マドリッドのアトーチャ駅爆破事件に続いて、2005年7月、ロンドン同時爆破事件が起きた。地下鉄ピカデリー線、キングズ・クロス・セント・パンクラス駅からラッセル・スクエア駅に向かう列車と、ラッセル広場近くを走行中の二階建てバスが同時爆発。ロンドン警視庁・スコットランドヤードは4人のテロリストによる実行犯と断定。さすが007の国と思ったが、その後の捜査過程で事件の本質は解明されず、真相は謎につつまれたままだという。

 今、ロンドン各地で暴動が拡大している。トットナムでの警官による黒人射殺事件が発端とされるが、背景には人種差別、若年層の失業、厳しい財政危機がある。そして若者たちへのソーシャルメディアの浸透も。

  ひと昔前のロンドン10日間の旅。その頃はまだ、ネット検索も知らなくて、頼りは地図とガイドブックのみ。言葉もままならず、ボロボロにした地図を片手に、探し探して訪ね歩いた。今みたいに、ネット情報をうまく駆使できないけれど、なんかゆったりとした気分で、心に残る、いい旅ができたような気がする。

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