マサチューセッツ州ケンブリッジ市議会傍聴レポート2025 ◆パリテ・アカデミートレーナー 臼杵成美 / 宇都宮遥
1.イントロ
2月7日から14日にボストン及びワシントンD.C.を訪れた。女性政治リーダー・トレーニング合宿参加後、トレーナーとしてお世話になっているパリテ・アカデミーの共同代表である三浦まり先生、申きよん先生が、それぞれの地で在外研究されていることが今回の旅行のきっかけである。
どちらもブルーステートでリベラルな街とは聞いていたものの、1月のトランプ大統領就任をきっかけに雰囲気は悪くなっていないか、アジア人差別や女性差別を受けないだろうかと、訪問前は少し心配していた。しかしながら短い滞在だったこともあり、滞在中に嫌な思いをすることはなく、楽しく旅行を終えた。その中でも一つ印象に残っているのは、ワシントンD.C.でトランプ大統領の大きなポスターが飾ってある施設を見かけたことだ。後に申先生にお聞きしたところ、政府寄りのシンクタンクのビルであり、ワシントンD.C.でそのようなポスターを飾っているのは大変珍しいとのことだった。
ボストンに4日、ワシントンD.C.に3日滞在し、政治やフェミニズムに関連する施設をメインに巡った。具体的には、ボストンではマサチューセッツ州議会、ケンブリッジ市議会、ボストン美術館、フェミニズムに関連深い本屋さん、ワシントンD.C.では連邦議会、国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館、国立女性美術館、ホロコースト記念博物館へ行った。本レポートでは、議会傍聴することができたケンブリッジ市議会に関して詳細をまとめる。
2.ケンブリッジ市議会傍聴
a.ケンブリッジ市の基本情報
マサチューセッツ州ケンブリッジ市はチャールズ川を挟んでボストン市の対岸にある市である。市内にはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学のキャンパスがある。
人口11.8万人、4.95万世帯が住む。人口密度は1848人/平方マイル。平方キロメートル(1平方マイル=2.58999km2)に換算すると714人/km2。東京の人口密度は6,444人/km2なので、ケンブリッジ市の人口密度は東京のおよそ9分の1である。人口の24.1%(28,418人)が大学生/大学院生である。町は一戸建てやタウンハウスと呼ばれる2-3階建ての長屋が一定数あり、東京と比べると住宅地では低層住宅が多い。
b.市議会の基本情報
市議会議員は9名(市長含む)。2025年現在の男女比は男性4人、女性5人である。選挙は比例代表制で、任期は2年。奇数年の11月に選挙がある。選出された議員9人の中から1人市長を選出する。市民による市長選挙はない。

ケンブリッジ市庁舎
議会は市庁舎内にあり、最寄りはマサチューセッツ地下鉄レッドライン(赤い路線)のセントラル駅である。駅から徒歩5分くらいのところにレンガ造りの古い学校のような建物があり、その1階に市長室と議場がある。市庁舎の目の前のベンチも、近くの横断歩道もレインボーカラーに塗られていた。マサチューセッツ州は2004年に全米で初めて同性婚が法制化された州で、昨年で20周年だった。市庁舎内には写真展示があり、同性の二人が手を挙げて誓いを述べる様子もあった。議場の前で部屋が空くのを待っていると、「ハロー!何かご用ですか?」と声をかけてくださった黒人の女性がいた。「議会傍聴に来ました」というと「始まるまでまだ30分くらいあるよ」と言い議員控室に入っていったが、その人こそケンブリッジ市のシモンズ市長だと後から人に教えてもらってひっくり返りそうになった。市長が入っていった議員控室からはハッピーバースデイの歌声が聞こえた。敷居が低く、とてもフレンドリーな雰囲気だった。

写真展示_宣誓する同性カップル
c.市議会の様子
ケンブリッジ市議会は、荷物検査やサインを求められることなく、旅行者であっても自由に議場に入ることができるほどオープンな雰囲気だった。マサチューセッツ州議会や連邦議事堂の見学の際には荷物検査が必須だったので、アメリカの中でもケンブリッジ市議会は特別開かれた議会だったようだ。
我々が傍聴した議会の開始時間は17:30からであり、学校や仕事がある市民でも参加しやすい設定になっていると感じた。議場に置いてあった資料を見たところ、どの議会もTV中継が予定されており、会場に直接足を運べない市民に対しても配慮がされていた。日本の議会は議員席と傍聴席の階が分かれていることが多いが、ケンブリッジ市議会はロープで分けられているだけで議員席と同じ階に傍聴席があり、物理的にも心理的にも議員と市民の距離が近く感じた。
我々は議会開始の30分ほど前に議場入りしたのだが、開始時間が近づくにつれ段々と席が埋まっていき、最終的にはほぼ満席になった。議会中も途中退出・途中入場する市民が多数いたので、傍聴に参加していた人数は延べ100人を超えていたように見受けられた。傍聴に来ていた市民は若い人から年配の人まで様々で、中には地元高校の新聞部に所属していて取材に来ていると話す学生もいた。というのも、当日の議題の一つであるaffordable housingが、多くの市民が関心を寄せる政治課題だったからである。
affordable housingとは、住宅価格や家賃の高騰により困窮している貧困層や若者へ向け、住宅価格の適正化を行う政策のことであり、ケンブリッジ市だけでなく諸外国で問題となっている。今回傍聴した議会では、ケンブリッジ市議会がどのように市政を進めていくべきか、市長や議員に向けて市民1人当たり1分間ずつスピーチを行っていた。中には別の政策について意見を述べる市民もいたが、八割方はaffordable housingについて賛否を訴えていた。議会はオフライン/オンライン併用で行われており、議場にて意見を述べる市民もいれば、オンライン(zoom)にてスピーチする市民もいた。
ここでaffordable housingに対する賛成/反対意見の一部を紹介する。賛成意見の市民たちは「安価な家が増える」「ケンブリッジ市で長年議論されている住宅問題を解決すべき時」「次の世代の人たちも住めるように対策を取ってほしい」などと述べていた。一方、反対意見の市民たちは「開発者の利益になるだけ」「中低所得者向けにならない」「他に優先して進めるべき政策がある」などと訴えていた。議会でスピーチした市民の中では2:1の割合で賛成意見が多かったが、事前配布資料に記載されていた市民の請願は反対意見の方が多く、賛否が分かれる議題であることがうかがえた。必ずしも属性だけで言えるわけではないが、比較的若年層が賛成意見を、年配層が反対意見を述べている傾向があった。
なお、残念ながら時間の都合上、審議の様子まで傍聴することができなかったが、後に議事録を確認したところ、全会一致でaffordable housing政策を推し進めることが可決されたとのことだった。

議会で意見を述べる男性市民(右)
d.市議会傍聴の所感(臼杵)
ケンブリッジ市議会を傍聴して印象的だったことを以下に記す。
第一に、議会で市民が意見を表明できる点である。日本の議会をいくつか傍聴したことがあるが、いずれも市民の発言は禁止されており、発言中の議員への賛同を示す拍手すら許されなかった。対してケンブリッジ市議会は、市民が政策に対する意見を延べ、それを議員たちが真剣に聞くという日本とは真逆の構図であった。自分の意見が議会での審議の判断材料になるのであれば、自然と政治への参加意欲が高まり、自分には社会を変える力があるという自信になりそうだ。日本でもパブリックコメントを送ることで法案への意見を示すことは可能であるものの、どこまで真摯に議員が目を通しているかは不透明である。46000件以上ものパブコメが集まり(2023年当時最大)、97%以上が賛成だったという緊急避妊薬の市販化が未だ実現していないことが記憶に新しいが、日本には声を上げても意味がないと諦めさせられそうになる出来事が多い。議会であれば半ば強制的に議員へ市民の声を聴かせることができるので、日本もケンブリッジ市議会のようなシステムを取り入れてほしい。
第二に、結論を出す前に議論が尽くされている点である。国会中継を見ていると、十分な議論をしないまま数の力で審議に進み、そのまま法案が可決されることが多々ある。日本では民主主義イコール多数決と考えている人もいるが、民主主義の本質は、結論を出す前にどれだけ議論を尽くしたかというプロセスのはずだ。ケンブリッジ市議会では、議論の重要性に対する共通認識が浸透しているように見受けられた。実際、我々が議会傍聴した1時間だけでは市民のスピーチが終わらず、退出後も継続していたことからも、議論を重視する姿勢が伺える。多くの人が意見表明すればするほど時間がかかり、視点が増えるので考慮すべき案件も増え、ある意味「面倒くさい」。その面倒くささを背負ってでも、よりよい政治を実現しようとしているケンブリッジ市議会がまぶしく感じた。
e.市議会傍聴の所感(宇都宮)
ケンブリッジ市議会で審議中の議案に市民が意見を述べる場に立ち会って感じたことを2点述べたい。
まず驚いたのは、市民は発言するときに氏名と住所を言ってから意見を表明していたことである。これは議長が冒頭に求めたルールであり、全員が守っていた。私の街では市議会議員がSNSアカウントを持っており、フォロワー数が多いことを利用して自分に批判的な一般人のコメントを引用して、さりげなく「この人けしからんから、みんなで攻撃しよう」という論調をつくり、自分は表立って一般の人を攻撃しないが、代わりにフォロワーに人格攻撃を含む攻撃をさせ、批判を封じ込める「犬笛」行為が見られる。身の安全を感じにくく、市議会議員に信頼が持てないでいる。またこのような犬笛行為が放置されているため、議会や議長に訴えても適切に対応してくれるだろうと思えないのである。よってわたしの場合、市議会で自分の氏名と住所を言うことに躊躇する気持ちがある。意見を述べることで身の危険を感じるようであれば自由な発言はできない。或いはそもそも意見を述べようという気持ちが削がれてしまう。ケンブリッジ市議会の心理的安全性の高さに触れて、逆に自分の街の市議会の異様さが浮き彫りになったようだった。
次に感じたのは市民の真剣さである。ほとんどの人が制限時間1分以内で意見を言えるようスマホ或いは紙の原稿を用意していたが、中には既に表明された意見に即興で反論する様子も見られた。各人が議題に賛否を表明し、簡潔にその根拠を示していたが、「自分は貸主だが、affordable housingに賛成の立場だ」など自己開示も交えながら意見を共有する人もいた。審議中の今こそ議会で自分の意見を言わないと逆陣営の意見が通ってしまうという焦りのようなものを賛成派・反対派の両方から感じた。それだけ言葉に熱意がのっていたのである。最初の50名ほどの意見を聞いて退室したが、手元で計測した結果は賛成意見が反対意見の2倍多かった(賛成33, 反対16, どちらかわからない1)。賛成意見の多くはこの法案の意義や目的に賛成し、可決することでどんなケンブリッジ市になることが期待できるかを語っている人が多かった。反対意見は方法論が多かったように思う。たとえば「目的には賛成するが、審議中の法案はその目的を果たさない。逆にラグジュアリーな家が増える」といったものだ。どちらも熱意はあるが、決して頭に血が上っているわけではない成熟した姿勢を感じた。
3.まとめ
今回のアメリカ旅行を通し、外国人でも海外の議会傍聴ができると知れたのは大きな収穫であった。フェミニズム的・政治的な旅行の楽しみ方を一つ習得できた思いである。色々な議会を傍聴すると違いが見え、自分の街の議会を客観的に捉えられるようになり、学びが多かった。今後海外に行く機会があれば、その土地の議会傍聴にチャレンジしてみたい。
末筆になりますが、充実した旅行になるように多くのご助言をくださり、現地でも温かく迎えてくださった三浦まり先生、申きよん先生、在米都市専門コンサルタントでケンブリッジ市議会傍聴について事前に問い合わせてくださった古澤えりさんに感謝申し上げます。
コラム 選挙制度の違い
ケンブリッジ市議会の選挙の仕組みや投票方法が日本と大きく異なっていた。投票方法はマークシート方式で、候補者の中から何人選んでもよいが順番をつけることになっている。具体的には投票用紙には既に候補者の名前が全て印字されており、その横に数字があるので1番目に当選してほしい候補者の横の1の数字を塗りつぶし、2番目に当選してほしい候補者の横の2の数字を塗りつぶすという方法で、投票した人数まで全員に順番をつけていくという方法である。候補者の中から一人しか選べず、投票用紙に候補者の名前を書く記名式の日本とは大違いだ。
選挙で立候補するには2つの条件があり、当該候補者が18歳以上で選挙人登録が済んでいること。50人以上100人未満の登録選挙人による推薦署名が必要である。
なお、日本の場合は満25歳以上でなければ市議会議員に立候補できない。つまり、ケンブリッジは18-24歳の若者の代表者を議会に送ることができるが、日本はその年齢の当事者を代表者として議会に送ることができない。(他の年齢の候補者で若者の代弁者を議会に送ることはできる。)ケンブリッジ市の方が日本よりも若者の意見が政治に反映されやすいということだ。日本でも被選挙権の引き下げ訴訟があるが、原告の主張が認められ、若い人の代表者も議会に送れるようになることを期待したい。

ケンブリッジ市議会選挙の投票用紙 ネットで入手しました(https://www.cambridgema.gov/-/media/Files/electioncommission/2023municipalelection/citycouncilballot1specimen.pdf)