
本書は、「男らしさ」を強いられた生育歴をもつ著者が、小学校教師として「ふつう」やジェンダー規範を問い直してきた実践の記録です。
家父長制の家庭で育ち、父の暴力にさらされながら感情を抑え込み、男子校で同性愛嫌悪や女性蔑視が当たり前の空気に適応してきた著者は、高校卒業時には人の価値を肩書きや収入で測る自己責任論者となっていました。しかし大学進学を機にフェミニズムや学問に出会い、自分のセクシュアリティを受け入れ、長く囚われていた自己責任論からも解放されていきます。
卒業後、教師となった著者が直面したのは、学校もまた管理とジェンダー規範を再生産する場であるという現実でした。男性性を内面化した名誉男性的な校長や、暴力的な指導が称賛される教員集団の中で、管理的な指導ができなかった著者は心を壊し、休職を余儀なくされます。休職中、改めてフェミニズムを学び直し、自分を縛ってきたものに言葉を与え、再び教室に戻りました。
そこから、授業や日常のふるまいを通じて、ジェンダー規範に囚われないあり方を子どもたちに示す試みが始まります。子どもたちと「男らしさ」「女子力」といった言葉の背景を考え、絵本や映画を手がかりにステレオタイプを問い直しました。やがて子どもたちは「トランスジェンダーの子もいるかもしれないから、卒業式の呼称を『さん』に統一しよう」と提案するまでに育ちます。
著者は「ジェンダー平等の社会にするためには、自分らしさを大切にする教育だけでは不十分だ」と言います。子どももまた、権力関係をつくり、ジェンダー規範を強化する主体でもあるからです。社会学者・木村涼子が指摘する「男子の雄弁、女子の沈黙」が教室に再現されないよう、フェミニズムの知識を伝え、沈黙してきた女子たちが「おかしい」と声をあげられるよう、教師としての権力を使って彼女たちを支えました。子どもたちが自分を取り巻く理不尽な構造を見抜き、それを変えようとする主体へ育つことを目指したのです。
著者は教育を「心とからだと魂の全体をさらす営み」と捉えます。著者の実践には、ベル・フックスの言葉「学ぶことはとびこえること」が息づいています。分断をとびこえる、世代をとびこえる、性別をとびこえる、政治的信条をとびこえる、過去をとびこえる、そして自分自身をとびこえる……。「とびこえる教室」という名前には、そんな思いとフックスへの敬意が込められています。
本書が、読者にとって「ふつう」を問い直すきっかけとなれば幸いです。
◆書誌データ
書名 :とびこえる教室—フェミニズムと出会った僕が子どもたちと考えた「ふつう」
著者 :星野俊樹
頁数 :264頁
刊行日:2025/06/25
出版社:時事通信出版局
定価 :1870円(税込)
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