No. 1: ヴァージニア州民になる
No. 2: わが村の雪の日々(アシュビィ・ポンズ#1)
No. 3: 村での暮らし―4か月目
No. 4: 村での暮らし―5・6か月目 尻もちがくれた恩寵


No. 5:「統計どおり」で終わらないために

ボッチャのコートで転倒してから6週間後、私はX線検査を受け、脊椎専門の神経科医の診察を受けました。医師はパソコンの画面を見ながら「調子はいかがですか?」と問診して、私にこの場で歩くよう指示しました。

「私のレントゲン写真を見ていいですか?」と尋ねました。あの激痛をもたらした背骨の損傷を自分の目で確かめたかったのです。画像には、四角い腰椎が5つ写っていて、真ん中の第三腰椎だけがくさびのように押しつぶされていました。医師は細い線を指差して、「この線がありますから、もう圧迫骨折は治っていますね。ただし、腰椎の変形は今後も治らないでしょう」と説明してくれました。

そして、彼は「もうコルセットは着用しないでください。以前にやっていた運動をすべて再開していいですよ」と言いました。(私が「以前に」どんな運動をしていたのか、彼は一言も尋ねなかったのですが。)私は慌てて今後のリハビリの処方をお願いしましたが、彼は「グッドラック」とだけ言い残して診察室を去りました。

その専門医が非常に多忙な人だということは分かっていましたが、この突然の宣告は晴天の霹靂でした。

その日の昼寝のあと、私はいつものように反射的にコルセットに手を伸ばしていました。まさかコルセットが「新しい親友」になるとは全く想像できませんでした。いつの間にか、療養の間ずっと私を包み込み守ってくれる繭のような存在になっていました。

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アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によると、65歳以上の高齢者の怪我のうち最も多い原因は、転倒です。 毎年1,400万人以上(つまり高齢者の4人に1人)が転倒を経験していますが、医師に診察されるのは半数未満だそうです。そして、 一度転倒を経験した人は、再び転倒する確率が2倍になります。 今では、ここアシュビィ・ポンズの医療センターのスタッフが「前回の診察の後、転びましたか?」と毎回尋ねてくる理由がよくわかります。

敷地内には、設備の整った大きい理学療法センターがあります。私は初回の理学療法評価のときは、まだコルセットを着けていました。理学療法士に「コルセットを外すと腰が痛いんです」と伝えると、彼女は理解を示してくれました。6月7日〜23日のフランス旅行に向けて、以前の身体機能を完全に取り戻す、という私の目標を彼女と共有しました。

私の担当になった理学療法士は6週間以上かけて、体幹、脚、上半身の筋力を強化するエクササイズやバランス能力を向上させる訓練を、硬い床の上や柔らかいバランスパッドの上で指導してくれました。毎回、訓練の最後には腰に4つの電極を貼り、電気刺激治療を20分間行いました。時々、自宅でエクササイズの全メニューをやりすぎて、腰の痛みがぶり返すこともありました。フランス旅行に万全を期すために、階段の昇り降りや屋外のあらゆる地面での歩行を練習しました。理学療法士はウォーキングポールの正しい使い方も教えてくれたので、 私は自分の部屋の外の長い廊下や屋外で繰り返し歩いて練習しました。

何より心強かったのは、理学療法士がこのように言ってくれたことでした。 「飛行機での移動、長時間のバス移動、凸凹した道を歩くときなど、必要なときはコルセットを持って行って着用してください。」「もし帰国した後もリハビリ訓練が必要なら、また予約してください」

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ボッチャは、アシュビィ・ポンズでとても人気があるスポーツです。400人以上の住民が春と秋のシーズンに40チームに分かれてプレイしています。チームの名前は「ホーリー・ローラーズ」「ローン・レンジャーズ」「ローリング・ストーンズ」などで、メンバーはチームの名前が入ったチームTシャツを着用します。試合中は、チーム全員がコートの脇に座ってプレイ中の仲間を応援します。毎シーズンの終わりには順位決定戦やチャンピオン決定戦もあり、結構盛り上がります。

私は救急外来の長い待ち時間の間に、私のようにボッチャで怪我をする人を二度と出してはならない、と強く心に誓いました。ここでプレイしているのは全員高齢者で、ボッチャコートの安全性は万全とは言えません。何かを変えるには、一番偉い人に直接訴える必要があります。しばらくして腰痛が落ち着いたころ、私は施設の事務局長に面会する予約を取りました。その時にはもう怒りや非難の気持ちはなく、協力的に問題を解決するための姿勢で話せるようになっていました。

待合室で待っていると、事務局長がドアから顔を出して「少々お待ちください」と私に言いました。その直後、携帯に友人からメッセージが来ました。 「ボッチャで男の人が転んだ。あなたと同じ状況。コンクリートに頭を強くぶつけて出血してる。救急隊が来てる。」

私の問題意識を伝える必要はありませんでした。そのメッセージを事務局長に見せると、彼は「分かっています。実はたった今、それに対応していました」と言いました。

1時間近く話し合いました。彼は、私の転倒事故の具体的な経緯、安全スタッフの対応、改善案などの詳細を丁寧に聞いてくれました。私は転倒場所のボッチャコートの写真を見せ、彼に実際にプレイの様子を見るべきだと伝えました。そして、コートの端を黄色く塗装し、足元注意のテープを貼って視覚的に段差の注意を促すこと、転倒時の衝撃を和らげるための衝撃吸収ゲートを設けることを提案しました。

数週間後、友人から報告がありました。コートの四面の端の部分の上面には黄色のテープが貼られ、黒い手すりは補強されたとのことです。また、経営陣はボッチャチームのキャプテンたちと直接会って、コートの安全性について話し合ったようです。」

私のチームのキャプテンは、私の怪我を気遣いつつも次の試合に出場しよう、と誘ってくれましたが、私は「トラウマになってしまったので、今回は辞めておきます」とお断りしました。彼自身も以前、アシュビィ・ポンズでピックルボールのプレイ中に後ろに倒れて意識を失い、救急搬送された経験があり「もう二度とピックルボールはしない」と言って共感してくれました。

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瞑想とジャーナリングのクラスで、講師のマドゥ先生がサンジャイ・グプタ医師の著書『Keep Sharp: Build a Better Brain at Any Age』(邦題『SHARP BRAIN たった12週間で天才脳を養う方法』伊藤理恵訳)からの一節を読みました。そこには、グプタ氏がダライ・ラマを訪ね、共に瞑想をした際のことが書かれていました。ダライ・ラマは、グプタ氏の苦悩を観察して「分析的瞑想」という方法を勧めたという。マドゥ先生が「やってみたいですか?」とクラスに呼びかけたとき、私は誰よりも熱心に手を挙げました。

「あなたが直面している問題を泡の中に入れて、その泡を見つめましょう。物語を作らず、ただあるがままを観察して、心を静めるのです。」と、マドゥ先生は指導してくれました。

私は「今、ここでの生活に、目的と意味をどう見い出すか」という葛藤を泡の中に入れました。泡はどんどん膨らみ、やがてあらゆる生命と宇宙全体を包み込むほどに大きくなり、破裂してしまうのではと不安になるほどでした。しかし、私が再び「目的」と「意味」という言葉に意識を戻した瞬間、泡は風船の空気が抜けるようにしぼみ、命を失っていくように崩壊しました。

私は「目的」や「意味」を定義しようとすることで、それらをかえって狭めており、未知や神秘を含む広大な人生の流れ、そのあらゆる経験を受け入れる心の余白を持てていなかったのです。

スピリチュアル思想家であるルパート・スパイラはこのように書きました。「宇宙から自分を切り離すことをやめれば、宇宙はあなたを通してその目的を果たすことができる。」

今の私の目的は、転倒事故による怪我から回復し、フランス旅行に向けて体力を取り戻すこと。その先のことは、きっと自然に導かれていくでしょう。

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No. 6に続く・・・

英語版(原文)


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翻訳:椎葉美祐紀