
本はみんなのものーー100%の賛同でもなく100%の否定でもなく
言葉には力がある。人を惹きつけ、思わず立ちどまらせ、思考へと誘う力がある。2020年代の日本のフェミニストのあいだでは、「インターセクショナリティ」もまた、そのような言葉のひとつとなった。
だが、それが何を意味しているのか、自身で明瞭な説明を与えられる人は少ない。「いまどき、インターセクショナリティも知らないなんて」と声高に言われるわりに、ふわっとしたイメージで語られがちである。概念の解説者の役割を果たすべき研究者のあいだですらそうだ。そこに「合意」があるのかさえよくわからぬまま、流行に乗り遅れるな!という熱気だけが漂うように見えることさえある。本書で語られているように、いまやフェミニストたちはみな、「社会的立場は交差する」、「カテゴリーは絡みあう」、「権力関係は複雑である」といった文言にうなずきあっている(6章)。
その背景には何があるのか? どのような事情から「インターセクショナリティ」は請われているのか? それは何を考えることを可能にし、どのようなことを困難にしつつあるのか? そうしたことを考えるヒントになることを目指して、わたしたちはこの論文集をつくった。
黒人女性の被る性差別と人種差別の絡まりあいを交差点のメタファーで解きあかそうとしたキンバリー・クレンショーの論文は、その重要性が語られながらこれまで全文を日本語で読むことができなかった。論文集の基礎編にはインターセクショナリティの起点とされる彼女の論文を冒頭に、この概念を語るうえで最低限おさえておくべき論文を3本収録した。
発展編には、インターセクショナリティを「誰もとりこぼさない」とか「いろいろ見ましょう」といったスローガンにとどめず、わたしたちの思索を深めてくれるような問題提起的な論文を4つ選んだ。重要文献をおさえ、詳細な注と解説を付すことで、類書のない本になったと自負している。各章は互いに参照し響きあう部分をもつが、鋭い対立も孕まれており決して一筋縄ではいかない。
わたしたちは、世界をよりよく理解する重要な概念装置として、インターセクショナリティには大きな可能性があると考えてこの本をつくった。その過程は驚きと発見の連続であり、研究会での議論は刺激にあふれていた。本書は読者を選ばない。あなたが予断をもって遠ざけるのでないかぎり。この本がさまざまな立場の違いをもって日本でフェミニズムに携わる人びとのあいだに、豊かな議論をかわすきっかけとなることを願っている。
◆書誌データ
書名 :『フェミニズムから読みなおす インターセクショナリティ基本論文集』
著者 :佐藤文香・千田有紀監編訳
頁数 :288頁
刊行日:2025/10/25
出版社:慶應義塾大学出版会
定価 :3,520円(税込)
◆「インターセクショナリティ」に関するほかの記事はこちらから
「個人的なフェミニズムーそこにあった、やわらかい政治②カンタンじゃない対話、カンタンじゃないシスターフッド―インターセクショナリティの萌芽?」 荒木菜穂
https://wan.or.jp/article/show/10738
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