「初の女性首相」が日本にも登場した。だがそれは、これまで漠然とイメージされていたジェンダー平等政策の担い手としての女性首相ではなく、ジェンダー平等政策への反対で知られた女性首相の登場だった。そんな女性首相の誕生劇から浮かんで来るのは、「ジェンダー平等小国」日本を生み出してきた、さまざまなひずみだ。
●政策より痛快さ
高市首相は、選択的夫婦別姓、同性婚、女性の皇位継承など、女性の活躍を促す政策に否定的な姿勢を取ってきた。また、困難を抱える女性についても、2007年のブログで「赤ちゃんポスト」について「子供を育てるという親の責任を放棄することを、世の中全体で容認してしまってはいけない」などとなど、自己責任を強調する姿勢が見られる。
今回、首相に就任する際でも、そうした姿勢は健在だ。たとえば総裁選後には、女性の両立支援の要とされてきた「ワークライフバランス」について、これを「捨て」、「馬車馬のように」「働いて、働いて…」と発言して論議を呼び、その後、ワークライフバランスを支える労働基準法の労働時間規制について、緩和を厚労相に指示している。
また、パートなど女性が7割を占める非正規労働者の賃金をめぐっても、石破茂・前首相が最低賃金目標として掲げた「2020年代に全国平均1500円」について、「経済動向を踏まえて具体的に検討する」と明言を避け、後退を危ぶむ声が出ている。
こうした政策転換は、長期的には女性の経済的自立を制約しかねない。だが、11月の朝日新聞世論調査での高市政権の支持率は69%と前月の高水準を維持し、女性の支持率も、男性(73%)より低いものの、65%と堅調を続けている。
興味深いのは、「高市内閣を支持する」理由の男女差だ。「政策の面から」は、男性30%に対し女性は17%と、男女差が目立ち、その政治姿勢が女性からは必ずしも評価されているわけではないことが浮かんでくる。
一方、「首相が高市さんだから」は男性16%女性18%と女性がやや上回り、とりわけ30代、50代の女性では「首相が高市さん」が30%台と高く、「政策の面」(2割台)を上回っている。
これらの年代の女性たちは、正規・非正規を問わず、セクハラや男性との待遇格差にさらされがちだ。パートと子育てに追われる「主婦」も含め、女性が男性に競り勝って首相の座に就く映像を目の当たりにしたことで、ジェンダー秩序にからめとられたこの社会の停滞感、閉塞感が吹き飛ばされるような痛快感を抱いたことが、調査の数字から推測される。
●ガラスの天井の強化にも
ユーチューバーの肉乃小路ニクヨ氏の論考は、そうした気分を良く表している。同氏は高市氏に共感する理由として「『化粧しっかり族』に対するシンパシーから、高市さんのことをどうしても応援したくなってしまう」(2025年11月5日付「日経クロスウーマン」)と述べる。「男性受け」を狙うなら「ナチュラルな化粧」だが、「しっかりとした化粧はある意味『武装』」であり、男社会から身を守ろうとする繊細さを感じさせるから、というのだ。
2016年の都知事選に小池百合子氏が出馬した際、石原慎太郎元知事は「厚化粧」と揶揄し、女性たちの小池支持を一気に高める結果を招いた。共通するのは、政策の是非より男性の上から目線へのうんざり感、といえるだろう。
だが、「ガラスの天井を破った」とされる首相の政策は、一般の女性にとってのガラスの天井の強化にもつながりかねない。選択的夫婦別姓反対のようなわかりやすさはないが、ボディブローとして効いてきそうなのが、「台湾有事は日本の危機存立事態になりうる」とした発言に代表される対外的な前のめり姿勢だ。この発言は日中共同声明 (註1)や日中平和友好条約の逸脱として中国の反発を呼び起こし、日中間のビジネスがストップし、人々の生活への深刻な影響が指摘され始めている。
だが、事件の根幹にある声明や条約をめぐってはメディアの報道がきわめて弱く、女性誌では高市首相の政策を批判する女性の有識者や女性議員に対し「女の敵は女」「同性への嫉妬」(「女性セブン」12月1日号)とする記事も出た。
さらに、過労死遺族からは「夫は、馬車馬のように働かされると嘆きながら過労自死した。首相発言に傷ついている」(註2) などの訴えも相次いでいるが、「働いて、働いて」は2025年の流行語大賞に選ばれた。
こうして女性たちからの女性首相の政策批判は沈黙させられる中で、膨大な財政赤字にもかかわらず軍事費は倍増され、女性が主に担ってきた介護や保育を支える生活関連予算を大きく圧迫する (註3)。その負担が圧倒的に女性の肩にのしかかるだろうということは容易に推測される。
●女性首相の是非より政策論議を
このような「女性首相とジェンダー平等政策との乖離」の背景には、新自由主義の浸透がある (註4)。ジェンダー平等は、政策によって女性の権利を強化するものから、人的資本としての価値を磨いて男性をしのいで労働市場を勝ち抜き昇進することへと変質しつつある。危機を迎えるたびに時流に沿った看板に掛け変え、党の根幹を死守することを得意技としてきた自民党は、「初の女性首相」によって裏金批判をそらした。
高市政権誕生の仕掛け人とされる麻生太郎副総裁は2013年、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」と発言(同年8月1日に一部撤回)している。
「痛快さ」の影で起きている現実は、女性運動がようやくたどりついた「女性のトップへの社会の支持」を利用した新しい顔の下、「誰も気づかない」うちにジェンダー平等政策を押し戻し、戦争への道を強め、裏金議員への批判の高まりを「そんなことより」と一蹴して議員定数削減にすり替える事態の進行だ。「女性の昇進=ジェンダー平等」という流れを転換し、女性が昇進できない社会構造やそうした構造が招く人権侵害を転換させる「政策」に注目していくことこそが、いま問われている。
(註1)日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
(註2)『馬車馬発言の余波~大丈夫か?脱過労死」デモクラシータイムス「竹信三恵子の信じられないホントの話」https://x.gd/mBlvN
(註3)竹信三恵子ほか著『ゾンビ家制度~社会保障と軍拡の罠』あけび書房、2024年
(註4)キャサリン ロッテンバーグ著、河野真太郎訳『ネオリベラル・フェミニズムの誕生』人文書院、2025年
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