「なぜこんなにも生きづらいのか」――40年経っても、私たちはまだその「4文字」を正しく呼べない。

上野千鶴子さんの『女遊び』は、1988年に刊行されたエッセイ集です。今回、実業之日本社から復刊するにあたり、改めて強く感じたのは、この本が単なる「過去のフェミニズム本」では決してない、ということでした。

いま私たちが知る上野千鶴子さんは、東大名誉教授であり、日本を代表するフェミニスト論客のひとりです。けれど、『女遊び』の中にいるのは、もっと荒々しく、挑発的で、ユーモアに満ち、生身の言葉で社会と格闘している若き上野千鶴子です。

本書冒頭の「おまんこがいっぱい」は、当時と変わらぬ衝撃を放っています。それは単に刺激的な言葉を連呼しているからではありません。なぜ女性は自分の身体を自分の目で、自分の言葉で語ることが難しいのか。なぜ女性の性は、恥や沈黙や嘲笑と結びつけられてしまうのか。上野さんは、その強固な構造そのものを、瑞々しい怒りと笑いを交えながら鮮やかに言語化していきます。

驚かされたのは、そこで語られている性別役割分担や、産む・産まないをめぐる自己決定の問題が、いまも形を変えながら私たちの足元に残っていることでした。いまも月経は「生理」と言い換えられ、女性が性的快楽について語れば批判を受け、性被害を訴えれば語った当人が攻撃される。上野さんが投げかけた問いは、いまもなお私たちに刺さり続けています。

一方で、この数十年で変わったこともあります。女性たちは以前より多くの言葉を持ち、自分自身について語り、表現できるようになりました。けれど同時に、SNSが普及した現代には、当時とはまた別の相互監視や自己検閲も生まれています。
だからこそ『女遊び』は、懐かしい時代の記録としてではなく、「私たちはどこまで来たのか、そして何がいまだ変わっていないのか」を照らし返す本として、いま改めて強く響いてくるのだと思います。

今回の復刊では、装丁も大きく刷新しました。やわらかさや可愛らしさを感じさせながらも、同時に切迫感や力強さを秘めたデザインになっています。そこには、本書に流れる"女たちの切実さ"と"生き延びるためのユーモア"の両方を込めたい、という思いがありました。

「フェミニスト・上野千鶴子」という名前だけが一人歩きしがちな現在だからこそ、その原点にある言葉に触れてほしいと思います。ここには、誰かを打ち負かすための言葉ではなく、「なぜこんなにも生きづらいのか」を必死に言語化しようとする、一人の若い書き手の熱があります。

◆書誌データ
書 名:『女遊び』
著 者:上野千鶴子
出版社:実業之日本社
刊行日:2026年5月28日
仕 様:392ページ
定 価:2,200円(税込)
ISBN :978-4-408-65193-4

女遊び

著者:上野 千鶴子

実業之日本社( 2026/05/28 )