シネマラウンジ

views

3476

映画の中の女たち(1)手の届かない異文化の女『終戦のエンペラー』/アヤ 仁生 碧

2013.08.06 Tue

☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。

 Emperor_Aya

 今年もまた、原爆記念日がめぐってきました。

 米軍機が基地から飛び立って日本に向かい、広島に原爆を投下、キノコ雲が立ち上がる実写映像。そして、無条件降伏直後の焦土と化した日本の国土。そして、なおも天皇を崇める日本国民の姿……。戦後70年近くを経た今でも、胸が締めつけられるような映像です。

 そんなシーンから始まるこの映画『終戦のエンペラー』は、第二次世界大戦敗戦直後の日本を舞台に、占領統治の責任者である連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥と、側近の日本文化の専門家ボナー・フェラーズ准将を軸に、日米間の緊迫した関係と複雑な政治的思惑、昭和天皇の戦争責任問題をめぐる当時の議論、というデリケートなテーマを扱っています。フィクション部分もありますが、大部分が史実に基づいており、改めて、歴史上における、この日米関係の一大転換点を振り返ってみるのに格好の作品です。

映画の主人公であるフェラーズには、今なお彼の心を占める日本人女性がいます。かつてアメリカで知り合って恋に落ちた留学生アヤ(モデルになった女性が実在するそう)です。フェラーズは、マッカーサーのアドバイザーとしてGHQに着任しますが、マッカーサーから命じられた極秘の公的任務の傍ら、開戦直前に別れたきりになっていたアヤの安否と所在を必死に調べようとします。

Emp-03753.cr2フェラーズが愛したアヤは、凛とした佇まいと気品を持ち、賢く教養があり控えめで、西洋人が憧れるような日本的美徳のイメージを備えた女性です。フェラーズもまた、日本文化を愛する温厚篤実な紳士であり、まさに“お似合いのカップル”です。しかし、時代の状況やアヤの周囲は二人の恋愛を許さず、日米関係も悪化する中、アヤは父親の病気で突然日本に帰国。彼女を諦めきれないフェラーズは、5年前に来日した際に彼女を訪ねます。束の間の再会は叶うものの、結局、二人は再び別れ、両国は太平洋戦争へと突入していきます。

フェラーズにとって、異文化から来たアヤは、自分をその異文化の素晴らしい世界に導きながらも、手が届きそうで本当には届かない、もどかしい存在として描かれているような気がします。

Emp-08431.cr2開戦の直前、アヤがフェラーズを深く愛しながらも、国を捨てて彼についていくという選択肢を選ばなかった理由は、現代の女性には理解しづらいかもしれません。しかし、この時代の日本人は、自分たち独自の価値観というものに強い誇りを抱いていたのだと感じました。それには、個を捨てて共同体の大義に殉じるという側面もあったかもしれません。アヤの叔父である鹿島大将は、フェラーズに対してそれを、”you [=Americans] will never understand complete devotion to one set of values” という言葉で説明しています。この“献身”を封建的で時代遅れと批判することもできますが、個人として生きることを優先するのか、所属集団の一員として生きることを優先するのかは、(たとえフェミニズム的観点からは明らかだとしても)、その人の価値観によって選択すべきものなのではないでしょうか。

この作品には(ハリウッド映画なので当たり前ですが)、英語を話す日本人がたくさん登場します。どの人も巧みに英語を操りますが、私の胸に一番響いたのは、最後のマッカーサーとの会見で天皇がしゃべる英語です。心から伝えたい言葉があり、それを真摯な思いを込めて語りかけるとき、その言葉は無条件に人を感動させることができる――。天皇の名の下に何百万人もが死に至った太平洋戦争。私は、日本国民の一人として、天皇の言葉が真実あのようなものであったことを願わずにはいられません。

フェラーズとアヤの恋の行方は、ぜひ映画でご覧ください。(にう・みどり)

=========================================

Story

日本を焦土と化した第二次世界大戦が終結した直後の1945年8月、連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が、占領統治を敷くため厚木基地に降り立った。着任早々、彼は日本通の側近フェラーズ准将にある極秘調査を命令する。それは、この戦争の真の意味での責任者を10日間で探し出せ、という極めて危険で困難な任務だった。一方、フェラーズには私的な関心事があり、それはかつての恋人である日本人女性アヤの行方だった。両方の調査を進める中で、フェラーズは荒廃しきった日本をどのように再建していけばいいか、自らのアヤとの関係を振り返りながら考える。それには天皇の存在が鍵になると彼は確信していた。日本の運命を決定づけた知られざる物語を描いた歴史大作。

EMPEROR『終戦のエンペラー』/EMPEROR

ボナー・フェラーズ:マシュー・フォックス

ダグラス・マッカーサー:トミー・リー・ジョーンズ

アヤ:初音映莉子

鹿島大将:西田敏行

高橋(通訳):羽田昌義

昭和天皇:片岡孝太郎

監督:ピーター・ウェーバー

配給:松竹

2012年/アメリカ/カラー/英語/107分

丸の内ピカデリー他全国ロードショー公開中

http://www.emperor-movie.jp/

ⒸFellers Film LLC 2012 ALL RIGHTS RESERVED

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち

タグ:セクシュアリティ / 憲法・平和 / 映画 / 天皇 / 映画の中の女たち / 仁生碧 / 女と映画 / 映画祭受賞作 / 日本・アメリカ合作映画 / 日米関係