2013.11.05 Tue
最近、日本で生殖補助医療や代理出産に関する報道が相次いでいる。日本では法整備をめぐる話が中心だが、インドの代理母出産ビジネスの話や、中国の富裕層が将来の移住を視野に入れて米国での代理出産を行っているとの報道(ロイター通信10月1日)には愕然とさせられる。代理出産をどう考えるのかは本当に難しい問題だけれども、いつまでも棚上げにしておくわけにもいかないだろう。そこで、今回は「千万回愛してます」(SBS 2009~2010、全55話)というドラマを通して韓国の代理母問題について紹介してみたい。
代理母が韓国ドラマに登場するのはこれが初めてではない。「初恋」の作家、故チョ・ソヘが書いた「母よ、姉よ」(MBC2000-01)では、代理母から生まれた双子の男女が主人公だったし、ベテラン作家ソ・ヨンミョンが書いた「その女が恐ろしい」(SBS2007-08)では、美容整形手術の費用をまかなうために代理母をする主人公の姿が描かれた。だが、代理母の問題を正面から取り上げたのは、やはり「千万回愛してます」が初めてである。
このドラマの脚本は「憎くても可愛くても」(KBS2007-08)を書いたキム・サギョン。本作の後にリトルママを主人公とした「私の愛、私のそばに」(「恋せよ、シングルママ」2011)、「オ・ジャリョンがゆく」(2012)などを書いている。演出はキム・ジョンミン。主演はイ・スギョンとチョン・ギョウン、コ・ウンミとリュ・ジンである。ドラマの企画意図には「不妊夫婦と代理母の苦痛を振り返り、血筋に執着する私たちの社会を批判する」と打ち出しており、放映前から話題となった。
代理母―苦渋の選択
主人公のウンニムは名門大学に通う学生である。幼い頃に母親を亡くし、父親が子連れの女性と再婚した。義母と義姉がぜいたくばかりして暮らすので、ウンニムは一生懸命アルバイトして学費と生活費を稼いでいる。そんなある日、父親が勤める会社が倒産し、そのショックで父親も肝硬変で倒れてしまった。父親を救うためには肝臓移植だけが頼りだが、手術のためには大金が必要だった。
ウンニムは手術費を何とかしようと駆け回ったが、なすすべがなかった。そんなウンニムの前に、代理母のブローカーが現れる。ブローカーは、「代理母をすれば父親も助けることができるし、人助けにもなる」とささやいた。ウンニムは悩んだ末に、父親を助けたい一心で代理母を引き受けるのである。
不妊治療の末に
ブローカーが仲介した依頼者はペクサングループ会長の妻ヒャンスク。ヒャンスクには、自分が産んだ長男セフンと、夫が他の女性との間に産んで引き取って育てた次男ガンウがいる(ガンウはそのことを知らない)。ヒャンスクは自分が産んだセフンに会長の後継者としての地位を築いてほしいと願っている。そのためには、会社運営の手腕だけでなく、会長の孫を産むことも重要だと思った。ところが、セフン夫婦は結婚後数年たつのになかなか妊娠の便りがない。苛立ったヒャンスクは、気の進まぬセフンと嫁のソニョンを不妊クリニックに通わせ、不妊治療を繰り返し受けさせた。
しかし、ソニョンは度重なる治療の末に「産めない身体」であると宣告されてしまう。ヒャンスクは本人以上に落胆した。そんな時、代理母のブローカーが近づいてヒャンスクに言い寄った。「不妊だからと悩む必要はない。代理母を使う手がある」と。それを聞いたヒャンスクは、代理母を使ってでもセフンの子どもを産ませようと決心し、ブローカーに代理母の斡旋を依頼する。嫁のソニョンは「そんなことはしたくない」と反対したが、ヒャンスクは「それなら離婚しろ」と言って譲らない。結局ソニョンも、代理母に産んでもらうことだけが救いの道だと自らにいいきかせ、姑の言う通りにするのである。
ブローカーは代理母としてウンニムをヒャンスクに紹介した。ヒャンスクは、「名門大学の学生で頭もよく容姿も優れている」という条件が気に入り、契約する。こうしてウンニムはソニョンとセフンの子どもを代理出産することになる。とはいえ、すべては秘密裏に進められた。代理母と依頼人は互いに会うこともなく、個人的な情報は伏せられている。ウンニムが家族に代理母をすることを秘密にしたのはいうまでもない。また、代理母を依頼する側も、ヒャンスクとソニョンだけの秘密にして、会長やその母親、セフンとガンホにも内緒にした。
代理母の苦しみ
このドラマでウンニムは、卵子提供も兼ねた代理母として描かれている。その点は、韓国にかつて存在した“シバジ”(父系血統家族の跡継ぎ(息子)を産むために雇った女性のこと)の延長線上にある(林権澤監督の「シバジ」[1986]という映画が有名だ)。韓国では代理母のことを“現代版シバジ”と言ったりもする。
病院での施術で妊娠に成功したウンニムは、ブローカーの監視のもとで隠れ家での生活を始める。だが、胎児が成長しお腹がふくらんでくると、ウンニムには予期せぬことが起こってしまう。胎児への愛情がわいてきてしまったのである。それはお腹の中の子どもの成長とともに強くなった。そして、出産が近づき、お腹の中の子どもと別れなければならない時間が迫ってくると、いよいよ耐え難くなってしまうのである。それで一度は夜中に逃走するが、ブローカーにつかまって連れ戻された。
こうしてウンニムは無事に出産するが、ブローカーによって赤ん坊を取り上げられ、深い悲しみに見舞われた。その後も子どもを恋しがり、同じ年頃の子どもを見る度に胸がうずいた。それでも、代理母で得た金で父親が健康を取り戻せたことに感謝しながら、心を入れ替えて新たな生活をスタートさせた。勉学面でも優秀なウンニムはやがてペクサングループの入社試験に合格し、秘書室で働きはじめる。
一方、ブローカーから赤ん坊を手渡されたソニョンとヒャンスクは、代理出産のことをひた隠しにしたまま、ソニョンが産んだ子どもとして育てはじめた。代理母を依頼したことを途中で知って衝撃を受けたセフンも、自分の血をひく赤ん坊の顔を見て次第に受け入れるようになる。
女たちの苦境
ドラマはここから怒涛のように急展開する。ペクサングループに就職したウンニムは、そこでセフンの弟ガンホと出会い結婚。もちろんペク家が、代理母の依頼人の家だということは思ってもいない。ペク家の次男の嫁になったウンニムは、偶然出会ったブローカーの口を通してガンホの兄夫婦の子(ユビン)が、自分が産んだ子であることを知る。こうして、代理母も依頼者も秘密にしていた過去が一つ一つ明らかになり、周囲に知られてゆく。
ウンニムはユビンが自分の子であることを知って当惑しながらも、なつかしさで我を失う。じきにソニョンがそのことを知って驚愕し、ウンニムを家から追い出そうとする。また、秘密を握っているブローカーはウンニムを脅して金をせびろうとした。さらに、妻が代理母だったことを知ったガンホからは離婚されてしまう。もともと経済的弱者の位置にあったウンニムは、婚家での立場も弱く、代理母だったことが明るみになって最も大きな代償を支払わされるのだ。
だがこのドラマでは、ウンニムだけでなくソニョンとヒャンスクの家族内の地位もそれほど安泰なわけではない。そもそもヒャンスクが代理母に孫を産ませようとしたのは、婚家であるペク家での自分の地位を確固たるものにしたいと思ったからである。また、不妊治療に失敗したソニョンはそんなヒャンスクにいつ追い出されるかも知れなかった。代理母のブローカーすらも、夫に暴力を振るわれ、金を搾り取られるDVの被害者として描かれている。
秘密の発覚という修羅場の先はどうなるのか、と読者も思うに違いない。たいていの韓国ドラマがそうであるように、このドラマの結末も一応はハッピーエンドである。“一応は”と言ったのは、ドラマが終わっても気持ちがちっとも“ハッピー”にはならないからだ。ウンニムやソニョンはこの先どうやって心の傷を癒すのか、そして何よりもユビンは、将来自分の出生の経緯をどう受け止めるのだろうかと思い悩んでしまう。先日ドラマ講座でこのドラマを取り上げた時、参加者の一人が言った「出口のない結末」という表現がぴったりだ。
韓国の代理母出産の実情
韓国では代理母と代理出産自体を規制する法律がないため、金銭的な取引を目的とする代理母出産も、それ自体不法ではないらしい。また「生命倫理及び安全に関する法律」は、卵子と精子を売買する行為を禁じているが、代理母に関する言及はないという。そんなことから日本からの依頼者もいると言われている。
このドラマが放映される前の2007年に「ハンギョレ21」がブローカーの話として報じたところによれば、韓国の代理母は、国籍、学力、容貌、出産経験の有無など多様な女性たちがいるという。東南アジア出身者、中国朝鮮族出身、韓国人女性の順に値段が高くなる。また、同誌が調べたところ、大学病院を除く41か所の不妊夫婦支援事業施術指定機関の内、30か所で「代理母施術が可能」とのことだった。中には「代理母を連れてきなさい。金で買えば不法だが、親戚だと言えばよい」と応答する病院もあったという(「ハンギョレ21」2007.5.30)。
このドラマが放映された翌年の2011年には、代理出産のブローカーが拘束される事件も起こっている。そのブローカーは不妊夫婦の夫と代理母を夫婦であるかのように装わせて病院で人工授精を行い、出産させた。その数は2008年から3年間で11回に及んだ。それも、妊娠出産を試みた代理母数は29人に上り、成功した11人以外は一銭も報酬をもらえなかった(SBSニュース2011.9.30)。
また、昨年(2012年)12月に時事フォーカスが報じた内容は一層衝撃的だ。それによれば、代理母の報酬は妊娠方法によって2000~5000万ウォン(約200~500万円)。さらに様々なオプションがあり、卵子を提供すれば500万ウォン追加され、双子や男児を出産した場合に500万ウォン追加されることもある。胎児が女児だとわかった場合は、中絶して再施術をすることを条件に1000万ウォン支払われる。ブローカーは依頼者から1000万ウォンの仲介料を得ている。代理母になる女性は20~37歳程度。おしなべて大金を必要とする人たちである。父母または自分の借金返済や大学の授業料、事業費用、留学の費用などと様々だ。
ドラマではブローカーが女性だったが実際には男性が多い。彼らは4人一組になって組織的に行動する。代理母はブローカーを通して金銭を受け取るので、ブローカーが横暴でも耐えなければならない。ドラマでのように、ブローカーの役目は代理母が逃亡しないように監視し、病院での定期検診をチェックすることだ。代理母は15坪ほどのアパートに二人で暮らし、その賃料や生活費は依頼人が賄う。代理母同士はニックネームで呼び合い、身の上は明かさない。また代理母は必要があればブローカーが関与する事業所の従業員として登録し、保険に入ったり在職証明書を発行してもらったりするそうである(「代理母、大学生から性売買女性、主婦など多様」http://www.sisafocus.co.kr、2012.12.26)。
こうしてみると、ドラマに描かれた代理母ウンニムの苦境は、韓国の代理母たちの状況をかなり反映していると言えそうだ。ちなみに韓国でも代理出産を合法化すべきであるとする議員と、全面的に禁止すべきであるとする議員がそれぞれ法案を発議して論争中のようである。また女性界も、代理母問題を女性の身体の売買とみて禁止すべきか、不妊夫婦たちの立場を考慮して合法化すべきかでジレンマに陥っているとのことだ。
写真出典
http://talk.imbc.com/news/view.aspx?idx=2921
http://netv.sbs.co.kr/sub/mission_view.jsp?type=record&mssn_id=10000027835
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=motaemom&logNo=89964680
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