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映画の中の女たち(4)幻想の”自分”を追い求める女 『ブルージャスミン』/ジャスミン 仁生 碧

2014.03.03 Mon

ケイト・ブランシェット 第86回アカデミー賞主演女優賞決定

☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。

『ブルージャスミン』メイン

この映画の舞台は、現在のサンフラシスコと過去のニューヨークを行きつ戻りつします。主人公は、ジャスミン・フレンチという名の美しくエレガントな女性。彼女は少し前まで、裕福でハンサムな実業家の夫ハルと、ニューヨークの豪華な邸宅や別荘で、セレブリティとして優雅な暮らしをほしいままにしていましたが、ある事件をきっかけに全てを失い、2人の息子と暮らすシングルマザーの妹サリーの元に身を寄せるべく、サンフランシスコにやって来たのです。

 しかし、のっけから、このジャスミンには違和感が付きまといます。夫も家も財産も全て失った無職の身で妹に面倒を見てもらおうという立場にもかかわらず、彼女には申し訳なさや謙虚さは感じられず、飛行機で隣り合わせた老婦人にまで聞かれもしない過去のセレブ生活のあれこれを得意げに語り、相手を鼻白ませます。ジャスミンは、転落した今の自分という現実が受け入れられず、過去の栄光にすがり、どうにかしてまた「華やかな本当の自分」を取り戻したいと願っているのです。

サブ1

ジャスミンの言動は、居候生活になってからも全てが、セレブだったときの自分を基準にしています。エルメスのハンドバッグを常に手放さず、スーツケースはネーム入りのルイ・ヴィトン。シックで上品なブランド物の洋服をさりげなく着こなす彼女は、外側だけ見れば、今もまさしく上流階級の奥様。事あるごとにNY時代の華やかな暮らしぶりを語り、サリーの恋人である修理工チリについても、「なぜもっとハイレベルな男と付き合わないの?」と妹に苦言します。ジャスミンは殊勝に「仕事を探す」と言いますが、もちろんそれは自分のイメージにふさわしい仕事でなければいけません。センスの良さを生かせるインテリア・デザイナーがいいと決めた彼女は、インターネットで資格を取ることにし、まずはパソコン教室に通う費用を工面するために渋々歯科医の受付業を始めますが、職業経験がないので不手際ばかり。あげくのはてに、既婚者であるドクターに迫られてプライドを傷つけられます。

サブ2そんなある日ジャスミンは、パソコン教室で知り合った女性から誘われたパーティで、裕福で洗練されたエリート外交官の男性ドワイトと出会います。彼女の優雅な美しさに好意を隠さないドワイト。彼女にとっては、上流階級に返り咲くためのまさに千載一遇の出会いです。ジャスミンはドワイトに嘘で固めた経歴を告げ、彼の心をつかもうとしますが……。

こういう鼻持ちならない女性であるジャスミンですが、彼女の今の生き様からは、嫌悪感よりも哀愁を強く感じてしまいます。本来であれば、全てを失った事実を潔く認め、一から新しい人生をつかみ取るべきなのに、どうしてもその切り替えができず、自分にも周囲にも嘘をつき、虚構と現実の区別を徐々に失って精神を病んでいく一人の人間。それは、ジャスミンほどのドラマティックな転落ぶりでなくとも、突然多くのものを失った場合誰にでも起こり得る状況であることを、私たちが感じ取ってしまうからではないでしょうか。実のところ、社交術以外の社会経験がないために、電話受付ひとつ、パソコン操作ひとつまともにできないジャスミンの姿には、哀れさを通り越して滑稽ささえ漂います。

サブ4この映画で象徴的なのは、ジャスミンという美しい名前さえ、実は偽物であること。彼女の本名はジャネット。しかし、夫ハルと出会ったとき、ジャネットなんて平凡だからジャスミンと名前を変えたの、と語ります。彼女は、自分にとってはそれこそがリアルだと信じている「ジャスミン」に戻れるのでしょうか。そして彼女を取り巻く人々にとっては、虚構のジャスミンと現実のジャネット、果たしてどちらが彼女の「実体」だったのでしょうか。

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Story

かつてニューヨーク社交界の華として名を馳せた美貌の女性ジャスミン。彼女はある事情から夫も財産も全て失って一文無しになり、シングルマザーの妹サリーの元に身を寄せるべく、サンフランシスコにやって来る。失意の彼女を支えているのは過去の栄光とプライドのみ。ジャスミンは、庶民的な妹の感性や質素なアパート暮らし、慣れない仕事に戸惑いながらも、華やかな世界への返り咲きを図ろうとする。そんなある日、彼女は新しいパートナーとして理想的と思えるエリート外交官のドワイトと出会う——。名匠ウディ・アレンが、虚構に満ちた一人の女性の生き方を辛辣な目線で描いた作品。ジャスミンになりきったケイト・ブランシェットの息をのむような演技が見どころ。

『ブルージャスミン』/Blue Jasmine

ジャスミン:ケイト・ブランシェット

ジンジャー:サリー・ホーキンス

ハル:アレック・ボールドウィン

ドワイト:ピーター・サースガード

アル:ルイス・C・K

チリ:ボビー・カナヴェイル

オーギー:アンドリュー・ダイス・クレイ

ドクター・フリッカー:マイケル・スタールバーグ

監督:ウディ・アレン

配給:ロングライド

2013年/アメリカ/カラー/英語/98分

2014年5月10日より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショー

公式HPはこちら

© 2013 Gravier Productions, Inc.

【NY撮影】Photograph by Jessica Miglio c 2013 Gravier Productions, Inc.

【サンフランシスコ撮影】Photograph by Merrick Morton c 2013 Gravier Productions, Inc.

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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち

タグ:非婚・結婚・離婚 / セクシュアリティ / 映画 / アメリカ映画 / アカデミー賞 / 映画の中の女たち / 仁生碧 / 女と映画

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