エッセイ

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エッセイ第2回 「乳がん」を寄せつけない暮らし   中村 設子

2015.06.10 Wed

O部分切除から乳房摘出へ。
さらば「おっぱい」。だが、本心は未練タラタラで・・・。

 女性を突然襲う「乳がん」は、一般的には、西洋化された食事と脂肪の摂りすぎが、発がんにつながりやすいといわれ、肥満は避けた方がよいとされている。しかし、私は身長一六四センチ、体重四十八キロ。やや痩せ型の体型であり、肉や脂肪の多い食品も好きではない。近親者に「乳がん」経験者がいないこともあって、まさか自分がこの病気になってしまうとは夢にも思っていなかった。
 私は、「乳がん」が見つかった病院で、乳房の部分切除の手術(日帰り)を受けたが、がん細胞を取りきれていない可能性があったことから、後日、右乳房をすべて摘出することになった。切除した乳房の病理検査の結果、がん細胞がある可能性が高いと言われていた箇所には、結局のところ発見されなかった。だが、医師から全摘手術をすすめられた時点では、私は乳房を残す勇気がなかった。
 手術前から、乳房にがん細胞が残っていないことがはっきりしていれば、片方の乳房を失わずにすんだのかもしれない。しかし、私は得体の知れない不安を抱えたまま、いつものように生活できるような強い人間ではなかった。

 ひと昔前まで、「乳がん」が見つかれば、全摘があたりまえのように行われていた時代もあった。友人のひとり、Nさんがそうだった。二十年前に「乳がん」が発見されたとき、リンパ節も脇の下をえぐるようにごっそりと取り、今でも手術をした側の腕が上がりにくいといった後遺症を抱えている。目覚ましい医学の発展によって、「乳がん」の手術も進化を遂げ、部分切除ですむ女性も多い。だが、私のように部分切除をした後、検査の結果によっては、乳房全摘をすすめられる女性も少なくはないだろう。  
 命を守ることを第一に考え、乳がんのリスクをできる限り少なくして生きるためには、片方のおっぱい・・・・を失うしかないという現実に直面したとき、私は足がダタガタと震えた。頭は混乱し、一瞬にして顔から血の気が引いた。自宅に戻っても、気が動転していて、何をしていても「がん」という言葉が頭に浮かぶ。気分転換しなければ…と思えば思うほど、がん=死というイメージにがんじがらめにされた。そして、死の恐怖に怯えた。
 悶々として過ごすなか、3週間が過ぎ、右乳房の全摘手術を受ける、前夜となった。
「ふたつ並んだおっぱい・・・・を、今、写真に撮っておく?」と夫が静かな声で聞いてきた。私は、夫に心のなかを見抜かれているようでドキリとした。どこにもいかないでほしい、私とずっといっしょにいてほしい…。右胸のこの柔らかいふくらみが、あと数時間で自分のからだから、切り離されてしまうことへの、言いようもない寂しさが心のなかに渦巻いていたからだ。そうだ、ここまで生きてきた証にもなる…。そして、ふたつきれいに並んだおっぱい・・・・を写真に残せれば、往生際の悪い自分の気持ちを断ち切れるかもしれない。そう思った私は、夫の言葉に背中を押されるように、上半身だけ裸になり、カメラの前に立った。しゃがんで撮影の準備をする、丸まった後姿を眺めながら、気づかないうちに夫もずいぶんと歳を取ったなあ、と感じていた。こんなにじっと夫の背中を眺めたことは今までになかった。
 私はあえて明るく振る舞った。いい歳をしてメソメソしては、みっともないと・・・。きっと、不自然な笑顔を浮かべていたに違いない。私は夫と結婚してもう二十五年になる。互いの長所や欠点をわかっているつもりでも、決して深く理解しあっているとはいえない。だからこそ、些細な意見のくい違いから激しい口論へと発展し、「こんな男とは、もうやっていけない」と何度も思ったかわからない。だが、順風満帆とはいえない人生のなかで、ふたりで力を合わせてきたからこそ、何とかここまでやってこられたのだという感情がこみ上げてきた。

手術のあとは、ひきこもりに

  翌日、某がんセンターで受けた乳房の全摘手術は、予定通り、二時間程度で終わった。麻酔が覚めてから、リンパ節への転移がなかったと主治医から告げられ、夫とふたりして、ほっと胸をなでおろした。「乳がん」になったことはごく親しい友人にしか知らせなかったが、病気がわかってから、ひとと接するのが無性に億劫になった。

 道を歩いていても、誰も私の病気のことなど、知るはずもないのに、世の中のひとたちが、私を「可愛そうな乳がん患者」だと見ているような気がした。とにかく誰にも会いたくない、ひとりきりになりたいという気持ちでいっぱいだった。手術前日に入院するときも、大部屋でなく、どうしても個室に入れてもらわなければ困ると、病棟の看護師長に頼み込んだ。ひどい不眠症だという理由をこじつけて、ひとり部屋でなければやっていけないと・・・。同室のひとたちと会話を避けるためにウソをつく、わがままな患者である。
 がん専門病院は、重篤ではない限り、個室は望めないらしいが、必死の願いが通じたのか、たまたま空いていた二人部屋をひとりで使わせてもらえることになった。ひとりきりの部屋で、ただぼうっと横になった。そして、看護師さんに言われるまま、病院で決められたスケジュールを淡々とこなした。医師の言葉をかりれば、乳房全摘の手術はそれほど難易度の高いものではないらしい。摘出手術後も大きなトラブルもなく、一週間ほどで退院した。
 しかし、手術後のからだは、自分のものとは思えないほど、違和感があった。いや、不快感といったほうが、正確かもしれない。からだが左側に傾いてしまい、まっすぐに歩けないのだ。摘出した右の乳房の重さはおよそ300グラムらしい。からだがフワフワするようで、地に足がついてない感じがする。すっかりからだのバランスが崩れてしまったことが、手に取るようにわかった。そのうえ、何をしていても、心ここにあらずといった感じで、集中力が続かない。好きな本を開いても文字が頭に入ってこない。テレビを観ることはもちろん、音楽を聴く気も起らない。わけもなく、涙がどっとあふれてきた。
 私は、とうとう外出するのも恐ろしくなり、何もせずに、じっと家に引きこもるようになった。

カテゴリー:乳がんを寄せつけない暮らし

タグ:身体・健康 / 乳癌 / 中村設子

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