フランス文学界で最も知られている作家のひとり、シドニー=ガブリエル・コレット(1873-1954)。20世紀初頭のベル・エポック真っただ中に頭角を現し、『シェリ』や『青い麦』『ジジ』など数々の代表作を残した。晩年の1951年、「ジジ」がブロードウェイで舞台化されたとき、まだ無名に近かったオードリー・ヘップバーンを彼女がキャスティングしたというのは知る人ぞ知るエピソード。小説のほかにも演劇台本や映画記事、旅行記など、さまざまな方面で文才を発揮した人だ。
コレットの才能と好奇心は執筆活動にとどまらず、彼女はパントマイム俳優やダンサー、美容学校指導者など、実に多彩な顔をもった。プライベートも賑やかで、3度の結婚を経験。そのいずれもが周囲や世間を騒がせ、他にもいくつもの、これまたセンセーショナルなロマンスで浮名を流した。大多数の女性が「女の幸せは結婚にある」と教えられ、結婚すればしたで夫の管理下に置かれ法的無能力とされた時代の制約をものともせず、ドラマチックな人生を自ら手にし、全うした人でもある。
ゴシップの多い挑発的な生きざま故に、フランスの最高勲章「レジオン・ドヌール勲位」の授与に対して勲位局から強固な反対意見が出されたというエピソードや、彼女の死にあたってはフランス人女性初の国葬が執り行われたものの、2度の離婚ゆえにカトリック教会が葬儀への協力を断ったというエピソードなども、彼女のスケールと影響力の大きさを物語っているといえるだろう。
そんな、愛すべき破天荒な彼女の、波乱万丈な半生を描いた映画『コレット』の制作は、『アリスのままで』(2014)のウォッシュ・ウェストモアランド監督が指揮をとった。コレットの映画化は、ウェストモアランド監督の今は亡きパートナーであり、長く共に仕事をしてきたリチャード・グラッツァー(本作では脚本を分担)が監督とともに長年温めてきた企画だったのだそうだ。その熱意に全力で応え、コレットを演じきったのはキーラ・ナイトレイ。大きな時代の変わり目に、芳しい花のように咲き誇り、年を経て今なお、人々を魅了してやまないコレットの人生をなぞる楽しさを体現している。
本作は、コレットが結婚後、自分のあるべき生き方を模索し、34歳で最初の夫ウィリーのもとから自由になるまでを描く。その後の彼女の活躍の一端は、既に述べたとおりだ。この作品をきっかけに、彼女の著作と出会う人がさらに増えることを願ってやまない。コレットの存在、稀代の才能の芳しさは失せることなく、彼女が紡いだ言葉の中でいっそう匂い立っているからだ。
映画は、もちろんコレットの魅力を再現しつつ、例えば女性を自ら欲望し他者を求める性として描くことや鏡像の多用など、彼女の小説世界のイメージまでを喚起させる。だが、いや、だからこそ、本作だけを見て、その香りに直にふれない手はない。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
・・・・・・
フランスの西側に位置する田舎町サン・ソヴール。広大な自然に囲まれて育ったコレット(キーラ・ナイトレイ)は、父の友人である14歳年上の一流作家、ウィリー(アンリ・ゴーチェ=ヴィラール)と恋に落ち、1893年、20歳で結婚してパリへ移り住む。1890年代のパリは芸術活動が盛んで、独特の華やかさに満ちていた。コレットはウィリーに連れられ、芸術家たちの集うサロンに足を運ぶようになる。
ウィリーは作家としての名声をすでに確立していたものの、その実ゴーストライターに作品を書かせては、自著として出版することを繰り返していた。やがてコレットの文才に気づいた彼は、彼女に自伝的な物語を書くようそそのかす。1896年、コレットが執筆しウィリーの名で発売された『学校のクロディーヌ』は、当時としてはスキャンダラスな女性のセクシュアリティを赤裸々に描き、たちまちベストセラーになった。「クロディーヌ」ものはシリーズで出版され、クロディーヌのアイコンは一躍女性たちの憧れの的となり一世を風靡する。
しかし、クロディーヌの成功の影で、コレットは自分がゴーストライターに過ぎず、夫に才能を搾取され続けていることへの苛立ちを深めていた。と同時に、夫のたび重なる浮気に、妻として二重に制約を強いられ、抑圧されていたことにも気づいていく。文筆家としての在りようを模索しながら、パントマイム俳優やダンサーとしての道も切り拓いていこうとしていたコレットは、男装の貴族ミッシー(デニース・ゴフ)との出会いに導かれるようにして1906年、ウィリーから離れ、自らを取り戻す人生を選ぶのだった――。
5月17日(金)TOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館、伏見ミリオン座ほか全国ロードショー
監督:ウォッシュ・ウェストモアランド
脚本:リチャード・グラッツァー、ウォッシュ・ウェストモアランド、レベッカ・レンキェヴィチ
キャスト:キーラ・ナイトレイ、ドミニク・ウェスト、デニース・ゴフ、フィオナ・ショウ、デュヴァル:エレノア・トムリンソン、ロバート・ピュー、レイ・パンサキ 他
原題:Colette/2018/イギリス・アメリカ/カラー/英語/上映時間:111分/シネマスコープ/字幕翻訳:/5.1ch/PG12
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
© 2017 Colette Film Holdings Ltd / The British Film Institute. All rights reserved.