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「国民総幸福度」で知られるブータン制作の、初めて見る映画である。なんとなく斬新な、若干マンネリ気味のハリウッド映画の向こうをはるようなものがみられるのかな、と思ったが、期待は違っていた。評者の勝手な想いであって、考えてみれば、なにもブータンがハリウッドとかニューエイジシネマなど意識しなくていいのである。で、簡単に言ってしまえば、若干典型的な、よくある青年の成長譚に仕上がっている。
それでも私はこの映画の評を書き、皆さんに見ていただきたいと書くのは、ブータンの美しい自然やその僻村にいるたった50人余の村人たちの、やさしくて素朴な生き様に感銘を受けたし、ところどころ出てくるとてもいいセリフ等のせいである。
首都ティンプーの教員学校にかよいながら、実際は、オーストラリアに行ってミュージシャンになりたいウゲンは、それもあって成績がよくない。校長に呼ばれ、高地4800メートルにある秘境の僻村、ルナナの学校に行くよう告げられる。やっと着いたバスの終点に、一人の村人が迎えに来ておりそこからは、テント生活と登攀で1週間。ようやく到着した学校は、相当に疲弊した建物で黒板も文房具もなく、机は長らく使われていなくて埃が積もっている次第。ウゲンは即刻町に帰りたいと。村長たちは、やっと来てくれた先生に「そんなことは言わずに」と思っただろうが、黙って、一緒に連れてきたヤクを2,3日休ませたら、そのあとで、と。

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ところが、その2,3日にあいだに、10人ぐらいいる子どもたちの無垢な表情や振る舞いがウゲンを少しづつ変えていくのだ。初日寝坊をしたウゲンを起こしに来る9歳ぐらいのペム・ザム(級長といったところか)の恥ずかしそうだが、キリッとした素晴らしい笑顔。子どもたちの学びたい意欲は、十分にウゲンに通じ始める。
一方ウゲンの生活はテンヤワンヤである。電気も水道もなく、燃料は乾燥したヤクのフンを使用することを知った彼は、未乾のフンに入り込み、どろどろ。見かねた村の歌人(うたびと)の住人(娘)が、ヤクそのものを進呈する。しかし屋外に放置していたのでは、ヤクも寒いから、教室の中に入れてほしい
、との要望。そうしてヤクは、生徒の授業中もその隅に同居することとなる。
村人に黒板やバスケットボールのポールを作ってもらい、彼の住居の窓を覆う切り取った紙を使っての授業が本格化しだす。子どもたちは、ウゲンに影響を受けたのだろうか、大人になったら、何になりたい?という質問に、年上の子が教師と答える。「先生は”未来“に触れることができるから」と。なんと哲学的な美しい言葉ではないか。”未来“とは分からないもの・事の謂いである。制限された経験のなかでも、生きることのなかにわからないことがあるという自覚とその謙虚さ。
いずれにしても秋には全員下山しなければならない。
ウゲンは、春に再度来ることを断り、ヴィザの降りたオーストラリアへ。レストランでギターを弾く彼の歌は誰にも聞いてもらえない。そこに歌人の彼女の唄う「ヤクに捧げる歌」が響き渡るのである。ウゲンのその後はどうなるだろうか。もちろん映画は語らない。
撮影は実際のルナナで行われたという。近代設備はなにもない僻村である。太陽光発電の設置から始まった撮影であった。ヒマラヤ山脈に囲まれ、冬季には雪が深くて住めず、ずいぶん下まで降りて暮らすようだ。子どもたちは電気どころか映画も車も知らない。演者の多くは素人で、特に印象に残る可愛いペン・ザムは、映画では、困った家庭に育ったことが暗示されているが、当時実際に「崩壊家庭」に育っていたそうだ。でもあの表情はどこから来るのだろう。2年後の現在彼女はどうしているだろう。もう一度あの笑顔が見たいものである。
話が逸れるが、いささか私事を。横浜にある某大学がティンプー大学との交換留学生事業をやっている。私はそこで教えたことはないが、ある事情で、来日していたブータン学生が帰国の途につくお別れパーティに招かれた。挨拶をした学生が見事な英語を話し、また全員そうなので、選ばれた学生だからだろうとしか思わなかったが、実はモンゴルでは英語の授業が小学生から行われているという。どうりでウゲンは流暢な英語を話す。映画の中にもそのシーンが出てくる。ウゲンがABCと具体的物をだして教え、CでCarと言い、知っているだろうと問う。みんな知らない、と返事。ティンプー大生との交流機会がなければ、このシーンが不可解だったろうと思われる。
タイトル:『ブータン 山の教室』
2019年/ブータン/ゾンカ語、英語/110分/シネスコ
英題:Lunana A YAK IN THE CLASSROOM
日本語字幕:横井和子 字幕監修:西田文信
後援:在東京ブータン王国名誉総領事館 協力:日本ブータン友好協会
配給:ドマ
文部科学省特別選定/厚生労働省社会保障審議会推薦
監督・脚本 : パオ・チョニン・ドルジ
キャスト :
主演男優:ウゲン(シュラップ・ドルジ)
出迎え村人:ミチェン(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)
主演女優:ペン・ザム(ペン・ザム)
歌人:セデュ(ケルドン・ハモ・グルン)
公式サイトはこちらからどうぞ。
4月3日より、岩波ホール他にて全国順次公開
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