
「虐待」「家庭内暴力」の裏に見え隠れする戦争の爪痕に迫る
9歳の冬、父が死んだ。
藤岡美千代(66)は、兄と2人で歓声を上げ、何度もバンザイした。
「やった! もうあの人おらんから、ご飯食えるな。ゆっくり寝られるな」
葬式では、親戚から思いも寄らない話を聞かされた。「戦争に行くまでは、ええ人だったが。火箸の先を絶対に他人に向けんような優しい人だが」「復員してなあ、ヒロポン中毒か何なのか、おかしくなった。えらい人が変わってしまって」。会う人、会う人が、藤岡の知らない父の姿を語った。だが、9歳の藤岡にはうまく理解できなかった。
これは『ルポ 戦争トラウマ』で紹介されているエピソードの一節です。藤岡さんの父は酒を大量に飲み、食事の乗ったちゃぶ台をひっくり返したり、激しい暴力を振るったといいます。なぜおかしくなってしまったのか。その原因として考えられるのが、本書のタイトルにもある、戦争トラウマです。
「戦争トラウマ」とは、兵士が戦場で負った深い心の傷のことです。いわゆる、PTSD(心的外傷後ストレス障害)です。復員後に、多くの元日本兵の方々が戦争トラウマに苦しんだと見られています。具体的には、過度な緊張が続く、怒りやすくなる、家族を虐待する、悪夢にうなされる、フラッシュバックする、アルコール依存になる、自殺しようとするなどの症状・行動に現れたとされます。
こうした心の問題は、戦後日本の社会では広く現れたと見られています。しかし、心の問題や虐待は、家庭の問題、個々の問題と捉えられ、社会問題化しませんでした。アメリカでベトナム戦争帰還兵の戦争トラウマが社会問題化し、取り組みが進んでいったのとは対照的な状況です。
元日本兵の心の傷は、その子や孫にも連鎖することがありました。現在の子どもの虐待や家庭内暴力の裏には、戦争トラウマから始まった心の傷があることも考えられています。戦争トラウマは過去の問題ではないということです。
本書は朝日新聞記者が戦争トラウマのリアルを克明に記しています。戦後80年というタイミングで、先の戦争は日本に何を残したのか、改めて考えるべき問題と思います。ぜひ手にとってお読みください。
◆書誌データ
書名 :『ルポ 戦争トラウマ――日本兵たちの心の傷にいま向き合う』
著者 :後藤遼太、大久保真紀
頁数 :320頁
刊行日:2025/6/13
出版社:朝日新聞出版
定価 :1045円(税込)










