
本書は、タイトルとサブタイトルとの両方で、特に著者の愛読者なら、衝撃はあるものの、ほぼ本のニュアンスを想像できる内容といえるであろう。落合さん、いろいろな所でお見かけしたのに、病気されていたのだ、でも状況を平静に受け入れられたのだろうなぁなどと。
「悲観にも楽観にも傾かず」のサブタイトルについては、発刊後「本当はこちらをタイトルにしたかったのだけど」とおっしゃっていたが、タイトルがあとにきても言葉の落ち着き方は違わないような気がする。どちらにしても衝撃が軽減するとも思えないし。ハイ、衝撃的です。私なら「ときどき(、、、)悲観に傾きときどき(、、、)楽観に」という副詞が入るだろうなあと思ったものの何もコメントしなかった。
そうなのだ、たしかに全編静かに客観的に、実践されたことや感じることは述べられるが、落ち込んだり、怒ったりするようなネガティブ(というとすれば)な場面は出てこない。あくまで冷静に落ち着いて病状や得られた情報が述べられている。まさに悲観にも楽観にも傾かず、である。そしてこれは、ご本人がフリをしているのではなく、そのとおりだったと思われるのだ。たくさん出ている患者ご自身の手になる闘病記との違いは豊富な情報とこの静けさではないだろうか。たとえばふと嫌な病状が出て再発か?と不安になっても、何で私が!と枕をたたきながら運命を呪う前に、担当医に聞いてみようと気持ちの転換を図るとか。つまりは、たえず生死についてよくよく考えてこられたからではないかと思われる。無視せず逃げないで向き合ってこられたからではないか。もう習慣化されているような「考えること」。実は「考える」は私の敬愛する哲学者、池田晶子さんが言ってやまなかった言葉である。ただ彼女の場合は、答えのないようなものまで考えろと唆す。まるで禅問答みたい、と私。で、俗物の私は、考えすぎてあなた、若くして逝ったでしょう、とつぶやくしかない。失礼、逸れてしまいました。「考える」と「選択する」は両輪で落合患者を支える。「自分のからだだから」「自分の病気だから」「自分の命だから」。
既述した、尋ねてみようという箇所がなかなか興味深い。私なども、あぁ、聞き忘れた、言い忘れたということがよくあるが、このような場合とは違うのである。まずは医療者側の時間的事情の忖度。それから何をどのように聞けばいいのかが、浮かび上がる。なぜなら患者側は圧倒的に情報を持っていないか、理論は学んでいても内容はよくわかっていない。具体的に何を聞けばいいかが次に浮上する。そこをうまく掬い取って適切な言葉で、それこそいつ聞けばいいのか。そのタイミングは?
もうひとつ付け加えたい。本書の冒頭に黙っていてごめんなさい、との謝罪が出てくる。あなたのメールに「まるで虐待の被害者のようがんであることを語れない人が少なからずいることに驚いている」とあったが、まず90パーセントは言わないですよ。言えないより言わない。もうがんという病気を恥ずかしがることはなくて、ただ言葉が悪いが「わずらわしい」のである。いかがですかと聞かれてイチイチを来る人に説明したり、お見舞い品のお礼を言ったり、不要な情報を与えられたり、あなたのおっしゃるように一人で考えることが妨げられたり、だからである。一番イヤな言葉は「がんばってください」。
10余年前になるが、勤務校の同僚で、パートナーであった人を平滑筋肉腫という難病で失った。未婚の母の娘で看取る親族のいないために支援グループを作って10か月余の闘病を看取った。彼女が私の前で大泣きしたのは一度だけで、普段はとても平静だった。あとは万巻の関係書を読み漁り、目にするあらゆる治療を試み、「死ぬ気がしない」と言い続けてきたのである。そしてチームの仲間には言わないようにと命じた。彼女はまさに病気と闘ってきたのである。その後「もう目の前に広がる不毛の砂漠を超えられない」とかのいささか文学的表現をして、医師に逝かせてほしいと頼んだ。初めから末期はわかっていたのだから、からだに大負担の手術を三度も受けることもなかったし、無用な治療もあった。だがまだ57歳の秀才研究者を失いたくなかった私は何にも反対をしなかったのが、思えば後悔である。
こんな横やりを入れることは嫌いなのだが、どうしても書かずにはおられない私です。ここが落合さんとの大きな違いだと思うのだ。彼女は闘っていない、なんとか余命の限り、折り合っていこうとしている。そしてそれはうまくいっているようだ。よかった!!
最後の追加。恵子さん(いつもの呼び方をします)。二人とも愛してやまないメイ・サートンのお墓参りを何度かお誘いしてあり、今まで実現していません。その夢は、もう超高齢になる私がいつか一人で果たせるかどうか。メイにはあなたのことを伝えたいものです。「私たちを沈黙させ、私たちの声と大切な自由を奪おうとする権力に対して、私の言葉が、サッフォーの言葉が、憲法の言葉が、そうこれらすべての言葉がただの息にすぎなくても、抵抗を続け、勝利を収めることに私はひたすら期待をかけている」これは目下手元にある、フェミニスト探偵、V・Iウォーショースキーを生み出したサラ・パレツキーの言葉です。(『沈黙の時代に書くということ』早川書房)あなたの生き方ですね。そういう人であることをメイに。
◆書誌データ
書名 :がんと生ききる―悲観にも楽観にも傾かず
著者 :落合恵子
頁数 :240頁
刊行日:2025/12/5
出版社:朝日新聞出版
定価 :1,760円(税込)
慰安婦
貧困・福祉
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