スポーツとジェンダー学会理事会のIOC「女子カテゴリー保護に関する新ポリシー」への緊急声明について
來田享子(中京大学)
これは「スポーツだけの問題」ではない
スポーツにはあまり縁がない、興味がない、という読者もいらっしゃるだろう。だが、2026年3月26日に公表された国際オリンピック委員会(IOC)による「オリンピック競技における女性(女子)カテゴリーの保護に関するポリシー(以下、新ポリシー)」をめぐる問題は、スポーツの話だけでなく、女性身体の監視・管理という問題、遺伝情報を社会がどのように扱うのかという、私たちの未来に関わる問題として捉える必要がある。
IOCの新ポリシーは何を決めたのか
新ポリシーは、女子カテゴリーへの参加資格を「生物学的な女性」に限定し、その確認方法としてSRY遺伝子の有無を用いる検査を位置づけている。これにより、オリンピック大会の女子種目に出場するすべての選手は、ポリシー上、参加資格確認のために遺伝子検査の対象となり得る。
SRY遺伝子検査とは何か
SRY遺伝子は、一般にY染色体上にあり、胎児期の性分化に深く関わる遺伝子である。SRY遺伝子が働くことで、未分化の生殖腺は精巣へと分化していく。そのため、SRY遺伝子が確認された場合、IOCはその選手を「生物学的男性」と判断する方向で、追加検査を求める仕組みを採用している。
しかし、性の分化は単純ではない。SRY遺伝子以外の遺伝子、染色体、性腺、性ホルモン、解剖学的構造、発達過程などの多元的要因の相互作用によって多様な表現型が示される。そのため、新ポリシーでは、陽性判定を受けた選手は、さらなる複数の検査によって確定診断を受けるとされている。
新ポリシーを支持する声もある
新ポリシーは、一見、女子と男子という2つのカテゴリーで競い合いが行われるスポーツの明確な線引きの仕組みであり、公平性を担保する試みであるように受け止められがちである。オリンピックのようなエリート競技では、勝敗を左右する基準を明確にすることが重要だ、と受け止める人もいるだろう。
実際、IOCは新ポリシーによって、女子カテゴリーの公平性、安全性が確保され、個人競技であるか集団競技であるかを問わず、一律の基準を設けることができる、と主張する。この主張を受け、ニュージーランド・オリンピック委員会やオーストラリア・オリンピック委員会などのスポーツ団体からも支持する見解が表明されている。
また、国連女性・女子に対する暴力特別報告者のReem Alsalem氏も「女性と女子の尊厳、公平性、安全性を回復する」として新ポリシーを評価し、性自認よりも生物学的性別の区分の明確化と生物学的性に基づく女性の権利保護を主張する社会運動団体も歓迎の意思表明を行っている。
なぜ日本スポーツとジェンダー学会(JSSGS)は撤回を求めたのか
しかし、注意しなければならないことがある。それはこの新ポリシーの名称が「女性(女子)の保護」ではなく、「女性(女子)カテゴリーの保護」とされている点である。つまり、オリンピックという、特に高いレベルの競技の制度を保護するためのポリシーに過ぎず、本当に女性の権利を守るものであるかどうかについては、立ち止まって考えてみる必要がある。
上述したような複雑な性の分化の過程に加え、女性選手が置かれている社会的・経済的環境は一様ではなく、性に関する遺伝子以外の遺伝的要因、ホルモン環境、トレーニング歴など、競技力の決定には無数の要因が複雑に絡み合っている。それを踏まえれば、SRY遺伝子の有無を起点に検査を課すことは、本当に公正だといえるのだろうか。
国内で、スポーツに関するジェンダー視点からの研究を牽引してきた「日本スポーツとジェンダー学会(JSSGS)」は、新ポリシー公表から間もない3月30日、緊急声明を発出し、新ポリシーへの重大な懸念と、速やかな撤回を求めた(https://jssgs.org/archives/6148)。JSSGSの声明は、単に「排除に反対する」という立場表明ではない。過去の性別確認検査の歴史、科学的根拠、遺伝情報の扱い、人権侵害、女性差別や人種差別との関係が、複合的に問題化されている。ここでは、その声明の主な論点を5点に整理して紹介したい。
かつて廃止された性別確認検査の再来
新ポリシー以前にIOCが公表していた2021年のポリシーは、性自認や性をめぐる人権に関する国際的理解を踏まえた包摂的なものであった。競技の公平性に比重を置いた新ポリシーは、人権の観点からは大きく後退すると考えられる。後退といえる根拠は、1968年から実施されていた類似の性別確認検査が科学的・倫理的に正当性・合理性がないとして2000年に廃止されているという歴史的事実に求めることができる。
「科学的根拠」は十分なのか
これまで述べてきたとおり、SRY遺伝子という単一の遺伝的指標を起点に女子カテゴリーへの参加資格を判断する仕組みは、出生時に男性と割り当てられたトランスジェンダー女性を原則として排除する方向に働く。その一方で、トランスジェンダー女性選手やDSD(Differences of Sex Development)、すなわち性分化の多様な発達状態にある女性選手の排除を正当化するほどの体系的優位性を持つことを示す決定的な科学的根拠は見出されていない。特に陽性判定を受けた女性選手は、自らの性別に疑いを持たれ、度重なる検査を受ける苦痛を強いられることになる。
遺伝情報の扱いをめぐる法的疑義
遺伝子および遺伝情報の取り扱い、女性の権利などに関する複数の国際人権基準や国内法との関係では、重大な法的疑義が生じている。国際条約等で遺伝子の取り扱いに制約を設け、慎重さが求められてきたのは、そこに差別や優生思想と接続する甚大なリスクがあるためである。
競技に参加できるかどうかを左右される状況で示される「同意」は、本当に自由な同意といえるのか、という問題もある。これは、遺伝情報の取扱いにおいて特に重い論点であるにもかかわらず、女性選手だけが同意を強制されることになる。
プライバシーと人格の尊重は守られるのか
遺伝情報は、本人にとってきわめてセンシティブな個人情報である。そのような情報をスポーツ参加の条件として開示させることは、プライバシー保護の原則を根本から損なわせるだけでなく、過去の性別確認検査でも情報の漏洩による人権侵害が発生している。そもそも、人間が生物学的な性でのみ扱われ、実際の社会生活における性別や自己の性自認と遊離した扱いを受けることは、選手の人格的存在を否定することだといえる。
女性身体を監視・管理する制度の罠
遺伝子による検査は、女性差別、人種差別の再生産を避けがたくし、さらには優生思想とも接続する危険性をもつ。「女性(女子)カテゴリーの保護」の名の下に、女性だけが身体を監視・管理されることは、女性の身体を産む機能や生殖能力と結びつけて管理してきた歴史を想起させる。また、今回の検査をめぐる議論が、グローバル・サウス出身の選手を標的にする形で始まったことは、国連報告でも指摘されている。その意味で、この問題は人種差別との交差性を強く帯びている。
人権を基盤としない公平性は成立するのか
IOCは新ポリシーに関するQ&Aで「(フランスなどの)国内では医療目的外の遺伝子検査は禁じられているが、禁じられていない他国での検査を禁じる法律はないため、他国で検査を受けることができる」とまで述べている。これは、国内法上、医療目的外の遺伝子検査が制限されている国の選手に対して、国外で検査を受ける道を示すものに等しい。少なくとも、各国の法制度が遺伝子検査に慎重な制約を設けてきた趣旨を軽視しているとの批判は免れないだろう。
スポーツにおける公平性と人権尊重は、本来、対立する概念ではない。女性の権利は、特定の属性を持つ女性たちを排除したり、スケープゴートにしたりすることで守られるものではないだろう。むしろ、人権を基盤としない公平性は成立し得ない。そのことを、今回の新ポリシーは私たちに問いかけている。
【関連記事】
スポーツとトランスジェンダー −排除の語りを見抜き、21世紀型のスポーツを展望するために− 來田享子
https://wan.or.jp/article/show/10695
トランスジェンダーの参加をめぐるスポーツの歴史−排除から包摂へ− 來田享子
https://wan.or.jp/article/show/10696









