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特別企画 『8月の家族たち』をめぐって 「こわい」母親像 宮本明子

2014.03.31 Mon

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 AUGUST: OSAGE COUNTY

名優同士が、家族の秘密をめぐって熱い駆け引きを演じる。なかでも、メリル・ストリープ演じる母親がてごわい。彼女の姿、存在感が、かつてみた映画『エレンディラ』(ルイ・グエッラ監督)に登場する強烈な祖母の姿にかさなった。

『エレンディラ』の祖母はこわい。少女、エレンディラを娼婦として旅の道連れとし、まだ幼い彼女にあるだけの力をしぼりとろうとする。美とグロテスクとが同居しているような、圧倒的な女性だ。

 メリル・ストリープ演じる母親も、こわい。

冒頭、髪も身なりもすさみきった彼女が、夫や使用人にさまざまな暴言を浴びせる。名女優の演技としてみればすがすがしいまでの「悪態」だが、同居する身にはたまったものじゃない。不敵な笑みを浮かべて他を威圧するさまは、まさにおそるべき女性である。けれども、そんな態度がかろうじてやわらぐようにみえる瞬間がある。ジュリア・ロバーツ演じる長女が、この家に帰ってきたときのことだ。

AUGUST: OSAGE COUNTY

 母娘が抱擁を交わす瞬間――それがこの映画のもっとも幸福な瞬間として記憶されるのは、まもなく、彼女が元のとげとげしい口調にもどってしまうからだ。彼女のどこかピュアでもろい一面が、辛辣なことばにつつまれているようにみえる。そうして、さまざまな顔をみせるがゆえに、彼女は奇妙な魅力をもつ人物だともいえるだろう。いったい、そこに見え隠れするのは狂気か、理性か。こうして見る者は、彼女をはじめ、名優たちの駆け引きに知らぬ間に参加しているのだ。

緊張のつづく映画のなかで胸を打つのは、カメラが、草上を疾走する母娘をとらえる場面である。みるみるうちに子どものように駆け出してゆく母親を、長女が叫びながら追いつこうとする。ふたりの距離はなかなか縮まらない。劇中、誰かが口にするように、そこは鳥も焼け死ぬという真夏のオクラホマの屋外である。尋常でない暑さを舞台に繰り広げられる、どこまでも終わりのない格闘。娘たちが逃れようとしても逃れられないのは母親であり、奇妙につながった家族という存在なのだろう。その結末をどう読み解くことができるか。観客の心にさまざまな解釈を残す映画だ。

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Story

8月、オクラホマ州オーセージ郡に住む父親ベバリーが突然失踪したという知らせを受け、コロラドに住む長女バーバラは夫と娘と共に、実家に残された母親バイオレットの元に車を走らせる。オーセージに一族の人間が次々と集まってくる中、ベバリーの死の知らせが保安官からもたらされる。父親はなぜ家を出、なぜ死んだのか。葬儀が行われる一方で、久々に再会した家族たちが抱える事情と秘密が徐々に明かされていく——。ピュリツァー賞・トニー賞受賞の舞台劇を、原作者トレーシー・レッツ自ら脚本を書き、豪華な俳優陣で映画化した、大迫力の家族ドラマ。

『8月の家族たち』/August: Osage County

バイオレット:メリル・ストリープ

バーバラ:ジュリア・ロバーツ

ビル:ユアン・マクレガー

ジーン:アビゲイル・ブレスリン

マティ・フェイ:マーゴ・マーティンデイル

チャールズ:クリス・クーパー

リトル・チャールズ:ベネディクト・カンバーバッチ

アイビー:ジュリアン・ニコルソン

カレン:ジュリエット・ルイス

スティーブ:ダーモット・マローニー

ベバリー:サム・シェパード

ジョナ:ミスティ・アッパム

監督:ジョン・ウェルズ

配給:アスミック・エース

2013年/アメリカ/カラー/英語/121分

2014年4月18日より、TOHOシネマズシャンテ ほかロードショー

公式HPはこちら

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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ

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