山川菊栄、という人を知らなくても、名前も聞いたことがない、という方は少ないだろう。教科書風に言ってしまえば、明治から大正・昭和にかけて、市川房枝、与謝野晶子、平塚らいてうらと同じ時代を生き、女たちを生きづらくしていた社会の壁に立ちむかった女性の一人である。
映画『姉妹よ、まずかく疑うことを習え』は、山川菊栄さん(1890年11月3日‐1980年11月2日)の「生誕120年」の記念事業の一つとして、2010年に山川菊栄記念会が制作を企画し、山上千恵子さんが監督をされたドキュメンタリーだ。
映画のタイトルとなった「姉妹よ、まずかく疑うことを習え」という格調高い言葉は、もちろん山川さんのもの。『男が決める女の問題』(1918年、『山川菊栄集 評論篇』第1巻所収,鈴木裕子編,2011)の中で、「姉妹よ」(正確には「私たちの若き姉妹よ」)と、彼女が女性たちに呼びかける一文がある。監督の山上さんは、何よりもこの言葉に象徴される山川さんの思想、女性自身の意識変革を促すメッセージに強く、心惹かれたのだそうだ(『山川菊栄の現代的意義 いま女性が働くこととフェミニズム』2011,山川菊栄記念会より、山上さんの寄稿文参照)。わたしも、この言葉をいいなぁ、と思う。彼女の言葉には、こちらが思わず居ずまいを正すような強さがあるけれど、そこには、共に立ち上がることを促す、親密さのこもった温かいまなざしも感じられるからだ。
映画には、山川さんの言説をたどり、彼女の思想と活動を語る女性たちが多数、登場する。井上輝子さん、竹中恵美子さん、水田珠枝さん、加納実紀代さん、樋口恵子さん、朝倉むつ子さん、丹羽雅代さん、栗田隆子さん、赤松良子さんなど著名な方々に加え、ご親類や、彼女の晩年を知るご近所の方まで。それぞれの語りを丁寧に集めて描かれた山川さんの人物像は、彼女の文章から受け取る理知的でクールな印象からずいぶんと離れており、実直で思慮深く、近しい感じさえする。わたしは映画を見て、生前の彼女にお会いしてみたかった、としみじみ思った。ぜひ、映画では彼女の思想と活動、功績を知るだけでなく、親しみのわくお人柄にも触れてみていただきたい。
それにしても貴重なドキュメンタリー映画である。女性たちの歴史は、男性によって編まれた歴史からふるい落とされてきたが、人物を描くドキュメンタリー映画も同じ傾向がある(男性の作り手が多いのだから致し方ないかもしれないが、わたしは『……した男/……の男』という映画タイトルを見るたびに、内心、ちょこっとだけゲンナリしてしまうのだ)。言葉にされ、記憶されることの少ない女性たちの歴史。それをどのように紡ぎ、つないでいくのかが、わたしたちの意志に委ねられている今、こういう良質な映像があることは得がたく、大きな希望に映る。(中村奈津子)
監督・構成 山上千恵子
撮影・構成・編集 山上博己
ナレーション 山根基世
山川菊栄朗読 竹森茂子
エンディングソング アン・ヘギョン
企画・監修 山川菊栄記念会
制作・著作 ワーク・イン<女たちの歴史プロジェクト>