
けむたく思っていたダウン症の兄の存在が、大学時代のあるときから、うらやましく思えるようになった。こだわる部分はとことんこだわり、気にしない部分はあるがままを受け入れる彼の身のこなし方を見ていて、いろいろなことにモヤモヤと悩んでいた自分がばからしく思えたのだ。
「私は私のままでいいんだ」と自分を受け入れるきっかけをくれたのは兄だった。
ダウン症の兄・ヒロには、少し変わった癖やこだわりがたくさんある。
たとえば、夏でもかならず毛布と冬布団で眠り、シーツはいつもとってしまう。鏡が大嫌いで、けっして見ようとしない。体をゆらゆら揺らすリズムが大好きで、それをくり返す。どんなに忙しい朝でも、おかまいなしにソファの上でゆらゆらゆらゆら。
私は、そんなヒロを見てイライラしてしまうときもあるが、「まぁいいか」と開き直ることも多い。正しく言うと、「開き直らされる」。
たとえどんなに彼を急かしても、急いだ振りをして茶化されるか、少〜し急いでごまかしては、また元のゆったりとした動作にもどってしまうのだ。なぜなら、彼にとって急ぐ理由などどこにもないから。また、ヒロにとって私はあくまでも妹であり、30を過ぎた大人の男のプライドとして急かされたくないという気持ちもあるのかもしれない。
結局、彼の流れに従うことになる。
多くの言葉をもたず、「〜がしたい」と主張することの少ないヒロだが、ヒロのもつ変わった癖やこだわり、身のこなし方のなかには、彼の人間性が色濃くあり、彼の秩序がある。
この本では、兄の一日を妹の目線で観察し、彼の行動を文とイラストにまとめた。ダウン症のことを少しでも知ってもらうとともに、だれにもゆずれない自分の「ちつじょ」を大切にしてほしいという思いを込めた。
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