農業協同組合新聞というところに時々引っ張り出されます。
 5月20日付けは緊急特集「どうするコロナ下の五輪」。執筆者は上野のほか、内山節、鈴木宣弘、田代洋一、孫崎享の計5人。なんと全員が五輪開催反対派でした。担当編集者に「反対派をそろえたんですね」と言ったら、結果的にそうなった、ということ。いまどき正気なら、開催中止を唱えるでしょう。あの政府の分科会の尾身会長でさえ、「今の感染状況での五輪開催は普通はない」と公的に発言しているくらいですから。
https://www.youtube.com/watch?v=H7O35lDliOE

 以下、媒体の許可を得て転載します。

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コロナ敗戦、五輪敗戦…のツケは?

 コロナ禍で、日本という国がこんなに二流国に成り下がったかと痛感したことがある。ワクチンを100%海外に頼らなくてはならない状況を目の当たりにしたからである。国産ワクチンの開発はまだ数年かかるという。海外ワクチンの輸出は輸出国がウンと言わなければ動かない。政府は製薬会社と交渉したというが、言い値をふっかけられて一体どれほどの買いものをしたのだろう。菅義偉首相は9月にワクチン入手のめどがついた、というがめどがついただけ、高齢者への接種すら越年するとすでに取り沙汰されている。集団免疫など夢のまた夢だ。そのあいだにも変異株が猛威をふるって「第4波」が来ているという。開発されたワクチンが、変異株に効果があるかどうかも未知数だ。ワクチン接種率が国民の1%、変異株が急速に拡がっている日本は、世界から見たら「危険ゾーン」になった。
 五輪まであと2ヶ月ちょっと。こんななかで政府と五輪・パラリンピック組織委は大会を開催するという。すでに外国人観客は入れないと決めたが、観客制限だろうが、無観客だろうが、こんな危険地域に精鋭の五輪選手を送り出す国があるだろうか?世界のトップアスリートは国の宝ともいうべき人たちだ。すでに北朝鮮は選手団を送らないと決めた。これが体のいい口実だとしても、この先次々と選手団派遣をとりやめる国々が出てくるかもしれない。
 来年の北京冬期五輪に、中国の人権問題でアメリカのバイデン政権はボイコットを呼びかけた。それに対抗して、中国とその同盟国が東京五輪ボイコットに動くかもしれない。多くの要因がからまって、東京五輪は観客もなく、トップアスリートの来ない、貧弱なものになるかもしれない。そこで金メダルをとっても選手にとっては誇りにならないような。
 そこまでして強行するのはなぜか?
 経済学者のケネス・ボールディングに「贈与の経済」理論がある。贈与がまったく見返りを期待しないことはまれで、返礼を予期しておこなわれるが、それがいつ、どのように、どれほど返ってくるかはコントロールできないから、しばしばギャンブルの要素を含む。リターンを期待する投資と同じである。  その贈与に資源をつぎこめばつぎこむほど、ますます引き返せなくなる…という理論のことだが、何もエライ経済学者にわざわざ教えてもらわなくても、誰でも日常経験から知っていることだろう。
 東京五輪・パラリンピックの準備にこれまでどれだけの国費を費やしたことだろう。それだけでなく、1年延長を決めたことで、施設の維持や組織の管理コストが積み増しされている。五輪需要をねらった民間の投資額もばかにならない。もう今さら引き返せない、何がなんでも回収しなくては…と考えても、強行開催で得られるリターンはどれほどのものか、冷静に損益計算をした方がよい。リスクの方がリターンより大きいと判断すれば、引き返す勇気も必要だ。
 コロナ対策後進国の日本は、すでに「コロナ敗戦」した、というひともいる。このままでは「五輪敗戦」も目の前だろう。経営学者の野口郁次郎さんたちの共著に『失敗の本質---日本軍の組織論的研究』(中公文庫、1991年)がある。東京都知事の小池百合子さんも愛読書という、ロングセラーである。希望的観測ばかりで事態を客観視しなかった大本営は、負けるべくして負けた。敗色が濃いほど、それまで投じた犠牲の大きさに足をとられて、「あと一撃」とずるずると決定を先延ばしにした。「神風」はついに吹かず、犠牲の大きさは後になるほど増えていった。
 政治の責任は結果責任で問われる。東京五輪を招致したときの安倍首相は、「福島はアンダーコントロールだ」と言った。事故から10年経って廃炉のめども立たず、放射能汚染処理水のゆくえさえ決着のつかない福島の状況は、アンダーコントロールどころではない。さらに安倍首相は、五輪の1年延期を決めたときにも、「1年以内にワクチンができます」と言った。どちらもらちもない妄想だった。「何を根拠に…」と呆然としたものだが、どうやって責任をとるのか。
 科学者の言うことに耳を傾けず、根拠の無い希望的観測ばかりに頼るのは、現菅政権も同じである。国費2兆8千億円を投じたといわる「Go toキャンペーン」でコロナ禍が拡散したことは今では明らかだが、再三再四にわたる感染症専門家の警告に耳を傾けようとしなかった。その態度は、日本学術会議会員任命拒否にも表れている。政府のコロナ禍対策分科会のあるメンバーは「最初から政府のシナリオが決まっていて、抵抗できる状況ではなかった」と言う。政権がほしいのは、こういうイエスマンの集まりなのだろう。
 コロナ敗戦、五輪敗戦…のツケがおそろしい。それというのも、愚かな指揮官を持ったわたしたち国民の不幸なのだろうか。
(農業協同組合新聞2439号、2021年5月20日付け)