
晶子ゴーシュのプロフィール
ボストンで不動産エージェントを自営。日本からボストンへ移り住む人々が、到着後できるだけ早く本来の目的に専念できるよう、「Jump Start Boston(ジャンプ・スタート・ボストン)」と名付けたサービスを立ち上げ、住まい探しだけでなく、新生活の立ち上げまで幅広くサポートしている。
高校時代には交換留学生としてノース・ダコタ州に留学。大学在学中にインド出身の男性と結婚。その後、何度もインドを訪れるうちに、目にする素晴らしい手仕事に魅了され、東京・高輪にインドのインテリア雑貨店「スタジオ・バーラット」を開く。ボストンへの移住に伴い8年後に閉店したが、これからもインドとのかかわりを深めたいと思っている。
そして近年、インドの村に共同トイレを建設する支援活動を始めた。今なお多くの村では各家庭にトイレがなく、人々は屋外で用を足さざるを得ず、蛇に襲われて命を落とす危険と隣り合わせの生活を送っているという現実を知ったことが、この活動を始めるきっかけとなった。資金集めから取り組み、今年2月には第1号となる共同トイレが完成。現在は第2号の建設に向けて活動を続けている。

スミス・カレッジ
◆スミス・カレッジが迎えた上野千鶴子
2026年5月17日。それまで続いていた曇り空とは打って変わって青空が広がり、新緑に包まれたNew England の町ノースハンプトン。 ボストンから車で2時間ほどのところにある、美しい学生街だ。 そこにあるスミス・カレッジの卒業式の壇上に上野千鶴子さんは立っていた。それは、名誉文学博士号が授与されることになったからだった。スミス・カレッジは、1875年の創設以来「女性にも男性と同等の高等教育を」という理念を貫いてきた。また、2015年からトランス・ジェンダー、あるいは女性と自己認識をしている学生の入学を認めてきた大学でもある。
以下、親しみを込めて千鶴子さんとお呼びします。
一方、千鶴子さんは、2024年には世界で最も影響力のある100人の1人に選ばれ、ジェンダー平等を求める力強い声として 「千鶴子現象 (The Chizuko Phenomenon) を巻き起こしてきた。そんな彼女をスミス・カレッジが見逃すはずはなかった。
◆フェミニストとは
「自由と正義を追求する人は誰でもフェミニストである」
彼女のスピーチは、この一言から始まった。卒業生たちは大歓迎でそのことばを迎えた。

ボストンの自宅で卒業式のライブ配信を見ていた私は、その言葉を聞いた瞬間、「そういうことなんだ!」。遅ればせながら、私の中での「フェミニズム」に一本の筋が通った。
また、日本に初の女性首相が誕生したことに触れ、「ただ女性だから、という理由だけで支持することがフェミニズムではない」と語った。要するに、女でも男でもない、その人間の思想が社会や人々のためになるかどうかが問われる、ということ。
◆道を切り拓く人であってほしい
「そして、これからは不確実で困難な時代に向かうだろうけれども、これまで先輩たちが道を切り開いてきたように、あなた達も後に続く人々に道を切り開
いて欲しい」
「"あなたたちはこれまで何をしてきたの?"と問われても、返事に窮することがないように」

これが彼女から卒業生たちに贈られた言葉だった。私は、このスピーチを聞いて本当に嬉しく、誇らしく思った。
日本から招かれて堂々と自分の言葉でスピーチができる人はそれほど多くないと思うからだ、
そして、彼女のことばには、スミス・カレッジの卒業生たちを自分の学生かのように親身に思う優しさと温かさがあった。
千鶴子さんは、ベティー・フリーダン、そして グロリア・スタイネムもスミス・カレッジの卒業生だったと知り、たいそう喜んでおられた。だが、私には、千鶴子さんもまさに、彼女らと肩を並べるにふさわしい場所に来られたのだと思えた。
◆120人が集まったボストン講演会
上野千鶴子さんが、ボストンにやってくることをいち早く聞きつけた「Boston日本女性の会」は、さっそく講演会の予約を取りつけていた。それは、千鶴子さんの到着の翌々日。
演題は「役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!?」(彼女の著書 『アンチ・アンチエイジング の思想』より
彼女はこれまで、「女性学」を学問として位置付け、家父長制と資本主義、ジェンダー、「おひとりさま」、介護保険、そして、老い、高齢者差別など、誰もが直面する問題を一貫して社会構造の問題として問い続けてきた。
『アンチ・アンチエイジングの思想』は千鶴子さんの最新の著書だ。「Boston日本女性の会」は、1か月前には勉強会と称して集まり、情報交換をしてきた。というのも、日本にいるわけではない私たちには、どうしても情報が少ないし、新刊本を調達するのにもちょっとしたハードルがある。そんな意気込みも伝わったのか、平日の朝10時からの会だったにもかかわらず、120人を超える人々が集まり、大盛況だった。
千鶴子さんは、これまで数えきれないほどの著書を刊行されてきた。専門書ばかりではなく、一般書も多い。それらは、いかにも学者然とした文章ではなく、すんなりと読者の心をつかむ。その書きぶりが、多くの人に受け入れられてきたのだと思う。
今年98歳になる私の母も千鶴子さんのファンで、「千鶴子さんは、こう言っているわよ」と、日常の会話にも登場するほどだ。
◆『アンチ・アンチエイジングの思想』が伝えたこと
2025年 初版のこの本をボストン在住の私たちの中で読んでいた人は、少なかっただろう。それでも、皆、千鶴子さんの名前を聞いて会場にやってきたのだ。ボーヴォワールは哲学者なので、「老いとは何か」ー誰でも直面する現実でありながら、社会では「老人」を価値のない存在であると扱うことに問題がある、と指摘している。
千鶴子さんの場合は、ボーヴォワールのいう現実を受け止めながら、「老いをどう生きるか」 また、「老い」「介護」は社会全体で支えるべきもの、と展開している。社会学者らしく、いろいろな統計、資料を示しながらの講演はとても分かりやすかった。高齢の母がいて、自分自身70歳を目の前にしている私にとっては, 他人事ではない。
友人の中からも、そこかしこで「家族の介護、真っ只中」という声が聞こえてくるようになった。2025年のデータでは、独居老人が全体の31%だという、もちろん「楽しいおひとり様」もたくさんおられるだろうけれど、いつかは他人の手が必要になるときが必ず来るだろう。千鶴子さんが言うように、確かに社会全体で考える必要がある。
そして、中国でも千鶴子さんがブレイクしていることを象徴するように、中国から来ている大学院生も5人ほど参加していた。彼女たちは、前の方の席を占め、講演後の質疑応答では、まるで人生相談のような質問をしていたのが印象的だった。
とりわけ、会場からの質問に答えるたびに必ず「OOさん」と質問者の名前を呼んでから話す彼女の姿勢に私は感心した。社会学者でもあると同時に、優れた聞き手でもあった。実際、著書「女の子はどう生きるか、教えて、上野先生!」でもその姿勢は見て取れるが、この講演でも、投げかけられる質問にテキパキと返答しながら、それでいて相手に寄り添うようにことばを返していく千鶴子さんであった。
「Boston日本女性の会」での講演でも、スミス・カレッジでの講演でも、千鶴子さんは、これからの時代を生きる若い世代へエールを送ってくださった。けれど、何といっても千鶴子現象が私たちに伝えてくれた、もっともパワフルなメッセージは、「生きるのに遠慮はいらないわよ!」だったのではないだろうか。
このことばと千鶴子さんの存在そのものが、日本から遠く離れ、手探りで、「よくわからないけれど、しょうがない、えいや!」と生きてきた私たちの、大きな力になったのです。
(次回に続く)









