インクルーシブ教育をめざして

*闘う弁護士

 「闘う弁護士」ということばが、大谷さんほど似合う女性はいない。と、上野千鶴子さん(NPO法人WAN理事長)は言う。永田洋子連合赤軍事件、重信房子日本赤軍事件などの弁護人をつとめてきた大谷恭子さんは、本当に「強い」弁護士である。だが、もちろん最初からそうだったわけではない。 

 自分でも語っているように、「事件に出会って、事件に育てられた」
(https://www.youtube.com/watch?v=EBASeHb4qBk)

 大谷さんは弁護士になって2年目に金井康治くんの事件と出会った。この事件は、1977年、養護学校に通っていた康治くんが、弟と同じ地元の小学校に通いたいと希望したが教育委員会・学校側に拒否されたため、その学校に「自主登校」した。門扉に遮られ校内に入れない康治くんがトイレに行こうとして、支援者ととともに、車いすごと校門を乗り越えたところ、支援者は逮捕された。
 「そもそも障害者が行く学校が分けられているからこのような事件が起こったのだ」と最高裁まで争うが、「幼い時から一緒に学ぶことは大切だが、時期尚早」と、教育委員会側の判断が認められて有罪が確定、この支援者は公務員だったため失職した。

*共に育つということ

 敗北感に打ちのめされたところから大谷さんの障害者を差別しない教育を求めて走り出す。

 2006年に国連で障害者権利条約が採択されて、世界の動きは. 障害者の権利拡大に向かい、教育の現場では「インクル―シブ(包括)」に向かって進んでいた。

 しかし、日本の動きは遅々としていた。大谷さんはインクルーシブ教育をめざす運動の先頭に立った。だが壁は高く厚い。

 2020年、人工呼吸器を使うKくんが地域の学校の就学を希望したのに特別支援学校に措置されたことをめぐって争った川崎裁判に、敗北する。この判決を批判する大谷さんの舌鋒は鋭く文章には怒りがたぎっている(86頁以下)。特に人工呼吸器には興味を示すが、裁判に参加しているKくんには目を一度も向けない裁判官への絶望感と怒りは烈しい。しかし康治くんの食べ方を正視できなかった過去の自分と重ね合わせている。だからこそ小さいときから一緒に育つことが絶対に必要なのだ。

*渾身のメッセージ

 余命を宣告されたのちの2024年6月、日弁連主催のシンポで行った基調講演が大谷さんの最後の講演となった。この講演をベースにしたのが本書である(この講演は期限付きだが日弁連のHPで聞くことができる)。

 「インクルーシブ教育の完成形は、私たちが自由・平等・博愛の社会を見たことがないように、永遠の課題。でも、下げてはならない、到達した最新の人権。これに向けて、全生徒の学校文化を変える。学校が変われば地域も変わる。地域が変われば社会も変わる」。持ち時間を超過した大谷さんは時間を気にしながらも、最後に何度も繰り返した。

 金井事件から始まった大谷さんのライフワークは未完である。続く人たちはこの遺言をどのように聞くだろうか。託されたバトンをもってどのように走るのだろうか。

 本書は、大谷さんの残された人々、読者への熱いメッセージ全体を収録する。そして、半世紀近いインクルーシブ教育をめぐる国際的な流れと日本の歩み、そしてこれからの目標が資料を駆使しながら簡潔明瞭に解説されている。

 はじめて障害者教育に触れる人のためにわかりやすい構成に組み立てなおし、文中の綿密な注、参考資料を加えたのは、大谷さんを「師」と仰ぐ二人の弁護士である。さらにノルウエー、スウェーデンの教育の視察の記録と大阪における包括的教育の今を収録して、内容を豊かなものに編集している。

 また、保護者や現場の教員などによる5人のコラムは、これまでの実践と現状をヴィヴィッドに浮かびあがらせて、心を打つ。


書誌データ 
 書 名:分離はやっぱり差別だよ。: 人権としてのインクルーシブ教育
 著 者:大谷恭子・編者:柳原由以・黒岩海映
 ページ:230頁
 刊行日:2025年2月15日
 出版社:現代書館
 定 価:2000円+税

分離はやっぱり差別だよ。: 人権としてのインクルーシブ教育

著者:大谷恭子

現代書館( 2025/02/04 )