予想通り、高市早苗内閣の高支持率が続いている。例えば、毎日新聞の世論調査では65%(2025年10月25日から26日の調査結果)、NHKの世論調査では66%(同年11月7日から9日の調査)となっており、他のメディアの調査も同様に高支持率の結果が出ている。一般的に新内閣発足時は、「ボーナス」点の付加で支持率が高くなる傾向があるが、それでも例えば、岸田内閣や石破内閣の支持率と比べるとはるかに高く、この傾向は12月以降も変わらない。
筆者が先に「予想通り」と書いたのは、高市さんが自民党総裁選で勝利したときから想像していたことだからだ。それには、排外主義が浸透する日本で、明白なタカ派の首相が誕生することを喜ぶ層がいることも含めて、いくつかの理由が頭に浮かんだからだ(筆者は政治学者ではないため、その詳細はここでは触れない)。その中でもとりわけ、頭の中にあったのは、日本初の女性の首相誕生ということで、高市さんの思想や主張には賛同しない/できない(賛同しないにもそのレベルには差がある)としても、〈女性〉がようやく首相になることができたという一点のみで、さしあたりの支持をする女性たちが一定数以上いるであろうということだった。
高市さんである必要はないが、女性が首相になる瞬間を待ち望んできたという人々はイデオロギーや年代を超えて確かに存在する。その一人である筆者も、女性首相が誕生しない日本社会に対し、絶望的ともいえるような気持ちを抱いてきた。もっとも、筆者の場合、高市さんの思想には一切共感を覚えないし、むしろジェンダー平等や人権に基づく平和の構築という視点から問題視してきたため、彼女の自民党総裁、そしてその後の首相着任には強い危機感を抱いた。もっといえば、高市さんには女性初の首相になってほしくなかったというのが正直な気持ちだ。待ち望んできた女性首相の誕生なのに、その地位に就いたのが思想的には相容れない高市さんだった。この現実に対する心境は、こうしたアンビバレントな感情抜きには語りようがないため、心の中はずっとざわついたままだ。
タカ派の高市内閣の高い支持率を知り、とりわけ「左派」や「リベラル」(といっても一枚岩ではないが)の男性が、
女性初の首相誕生というけれど、高市内閣のどこがいいんだ
あんな内閣を支持するなんて信じがたい
などと強く批判するときに、一定の同意を示す「女性たち」はいるだろう。しかし、そうした批判は、思想的に左派やリベラルの女性であっても、必ずしもフルに響くことまでを意味するものではない。これまでに導入されてきた官製の(ネオリベ的)男女共同参画関連の施策に対して、場合によっては矛盾を見出し、批判的にとらえてきたような女性たちのなかでも、こうした反発心や反感を抱く人々がいる。
高市さんの思想には賛同できないし、ジェンダー平等という意味では後退の可能性を強く懸念する。そうであっても、あなたたちから、上から目線であれこれ言われたくない。高市内閣を批判する前に、自分たちも支えてきた社会のジェンダー構造を振り返り、自省する方が先ではないのか
という気持ちがもたげるからだ。実際にそうした苛立ちをときどき耳にしてきた。
反発を抱く女性たちの多くは、本来的には日本社会の各種の課題について、ある程度互いに共感しながら話ができる人たちだろうと思う。しかし、この国に残存する家父長的な性差別の構造は、実生活に多面的な弊害をもたらしてきた現状があり、自分の能力を開花させることができないことなどから生じる理不尽さに対する怒りは、自身の思想を超えたところで女性総理の誕生をさしあたりであっても喜びたいという気持ちを生むほどに根深いものがある。
高市内閣誕生以前の自民党は、裏金問題の発覚や有効な経済政策を打ち出すことができないこと等を背景に落ち目の一途をたどっていた。例えばそれは、岸田内閣や石破内閣の低支持率、また2025年の参議院選挙の結果から見ても顕著であった。その自民党が再生をめざしたときに、高市さんは女性初という意味でも、また同党の支持者を鼓舞するという思想的な意味でも使いやすい存在であっただろう。高市さん自身も、この男社会でうまくやっていくための振る舞い方、換言すると、理不尽さを知らないわけではないであろうから、どうすればうまく這い上がることができるかを計算しながら動いてきただろうとも思う。高市さんが首相就任前から各所で鮮明にしてきた極右性を通して、男社会で認められるための「ゴーサイン」をつかみとる。双方の思惑は、皮肉にも高市さんの思想には相容れないであろう「リベラル」な女性(の一部)を取り込みながら、ウィン・ウィンの関係となったのである。
筆者が本稿で高市政権誕生を批判する「左派」や「リベラル」の男性に対する反発の背景についてあえて書いているのは、男社会で認められるようにするために、がむしゃらにがんばることを強いられてきた女性たちが経験してきた社会進出の厳しさやしんどさを見聞きしてきたからだ。そして、筆者自身も理不尽だと思いながらも、その一人であり続けたからだ。
高市内閣の誕生とその後に導入されてきた政策や発言を批判的に分析するためには、その背景を含めて多角的な視点を通して行うことが求められる。その際には、無意識であっても自らもかかわってきたであろう、ジェンダー差別の構造を形成する社会的規範に対する振り返り、および自らのこれまでの言動に対する真摯な向き合い方が問われるのではないだろうか。
*本稿は、高市政権誕生から2日後の2025年10月23日にフェイスブック上に投稿した原稿を大幅に修正加筆したものである。
清末愛砂(室蘭工業大学大学院教授/憲法学)
WAN編集局付記: WANでは特集企画「<高市的なるもの>と私たち」として、高市首相の誕生を多角的に論じる論考を集めることにした。関連エッセイを適宜掲載していきたい。
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