2010.11.15 Mon
一部、あらすじについて明記している箇所を含みます。
韓国で、今年8月30日から11月2日まで20回にわたり放映されたKBSドラマ、「成均館スキャンダル」(キム・ウォンソク演出、キム・テヒ脚本)。朝鮮王朝時代に儒教教育をつかさどった最高学府・成均館(ソンギュンガン)を舞台にしたもので、女子禁制の同校に男装して入学した一人の女性を中心にした、言ってしまえば「学園ドラマ」です。
両班(ヤンバン。朝鮮王朝時代の特権階級)の家柄でありながら、父親を早くに亡くしたため困窮にあえぐ一家を支え、病弱な弟にかわり弟の名(キム・ユンシク)を名乗りながら男装して生きる主人公キム・ユンヒを演じるは、パク・ミニョン(1986~)。
一方で、代々王朝政治の重要役職を掌握してきた家柄の一人息子として生まれ、権力の中枢にある父親のもとであらゆる才能を開花させ、何事にも抜きん出た人物として描かれるイ・ソンジュンを演じるは、パク・ユチョン(1986~。東方神起のメンバーでもあります)。
自尊心が強く頑固、「正しさ」を常に追求しようとする「傲慢な原則主義者」イ・ソンジュンが、ふとしたきっかけで男装したユンヒと出会い、ともに成均館に入学、友人としてともに様々な出来事に巻き込まれるなかで、徐々に視野を広げていく姿が見所の一つです。
最初は、生活のために替え玉受験に手を出すユンヒの前に立ちはだかる存在であり、ユンヒの才能を認め成均館入学を助けるも入学後もユンヒを萎縮させる存在であったソンジュンが、ともに過ごすうちにかけがえのない親友としてユンヒを認め、同時に、男性だと信じながらも彼女に惹かれていきます。ですが、その思いを断ち切るために親の決めた許婚と婚約、ユンヒにも思いを告げ、二度と会わないと宣言するも、あるきっかけでユンヒの事情を知り、そこからはさらに全力を尽くしてユンヒを愛し、守ろうとする・・・。
女性が男装して男子校に入学、そんな彼女に知らずと惹かれていき悩む男子学生云々という筋書きは、異性愛を前提としたものでもあり、食傷気味に感じるかもしれません。ですが、朝鮮王朝時代を舞台とした本作は、その背景として厳しい男女差別と階級差別が描かれており、それを体現したキム・ユンヒというキャラクターは、一見の価値があると思います。
女性であるために学問から遠ざけられながらも、成均館博士(現在で言う「教授」)であった父親が弟を膝に乗せながら音読する儒学書を部屋の外(屋外)で盗み聞き、習得したユンヒ。父の死後、厳しい生活環境のなかで「信じられるのは自分だけ」と思ってきた彼女が、成均館の儒生(ユセン。劇中では成均館の学生をこのように呼びます)達と一緒に過ごすなかで、それまで触れることが許されなかった世界に足を踏み入れていくのですが、様々な形で阻まれそうになる道を切り開こうとし、人々の心を動かしていく姿がとても魅力的なのです。
ユンヒの負けん気と根性・責任感は、持ち前というよりは、父の死後、厳しい生活環境のなかで必要に迫られて育まれたものだとされていますが、劇中彼女は「朝鮮が立派な国だとは思えない」と、ソンジュンに反論します。ストーリーの鍵を握る人物として、君主・正祖(ジョンジョ。1752~1800)の存在が大きいのですが、民衆のために改革を行おうとするその治世の背景として、ユンヒ自身の生活苦(物語序盤では、「身売り」のような形で借金のカタにされそうにもなります)や市井に生きる人々の現実が位置付けられており、それが、有力官吏の一人息子として不自由なく育ったソンジュンとの対比で描かれます。
支配階級たる両班の家柄でありながら貧困に苦しむ境遇であったユンヒは、もし成均館に入っていなければ、自分もほとんど路頭に迷う生活だったはず・・・と、民衆に対する想像力を持っています。成均館というエリート集団の中では、彼女の境遇や発想は時に痛々しさすら感じさせますが、だからこそ輝いて見えるのでしょう。
一方、ユンヒが女性であることが、ある成均館博士にばれ、厳しく咎められた際には、正祖の言葉を引きつつ、「女も民衆ではないか」と反論します。それでもやはり、「男女有別」が「国法」であるとして強く反対されるのですが、ユンヒ自身の頑張りと、博士の目論見などもあり、結局は成均館で学び続けていきます。
ユンヒは、思いのまま自分のやりたいことをやるという経験が自分の人生で二度と許されないことであり、成均館を出たとしても、女である自分がその後どのように生きざるを得ないのかを悟った上で、だからこそ「今を幸せに生きたい」とソンジュンにもらします。そして、女であり、成均館に入るまでは食べるにも困っていた自分が、他の成均館の儒生達と遜色ないように・・・と必死で頑張るのですが、その明朗快活な気性に惹かれて他の儒生達も様々な形で彼女をサポートし、そのなかで成長し、様々なことを成し遂げていくユンヒの姿は、痛快ですらあります。
また、ユンヒが女だと知ったソンジュンも、ユンヒが成均館で学び続けることを反対します。危ないことがあってはいけないからと言いつつ、やはり「国法」だからと、「女人が成均館で学ぶことに納得がいかない」と告げます。それに対してユンヒは、「女だからだめだというなら、私には選択する余地もないということと同じだ。国法も汚名もこわくない」と反論します。そして、成均館入学の手助けをした自分にはユンヒを守る責任があると言うソンジュンに、ユンヒは、「守るんじゃなくて、私が最後までしっかりできるよう助けてくれるだけで良いのに」と違和感を示し、「自分がいかに成均館にふさわしい儒生であるか」を証明しようとまた意気込むのですが、その姿がまた魅力的なのです。
熱心な視聴者だった私ですが、語学の能力不足のために理解が難しい部分も多くありました。そのようななかでも聞き取れた単語を辞書で調べながら見続けていたわけですが、語学学校では教えないであろう単語でありながら、劇中で何度も出てきた言葉の一つが、「ケジプ」でした。辞書で調べると二つの候補があり(「계집」と「게집」。発音はほぼ同じ)、意味が若干異なります。一つは「女・おなご」、一つは「月経帯」で、恐らく互いに派生した言葉であると思われますが、劇中では、女性を表す言葉として、「ヨイン」(女人)よりも圧倒的に「ケジプ」が多用されていました。
男性を表す語として使われていたのは、「サネ」で、「男」を表しますが、辞書では、「ケジプ」が「女性を卑しんで言う俗っぽい語。女。おなご」と説明される一方で、「サネ」はただ「男」とだけ書かれています。「ケジプが成均館になど・・・」、「キム・ユンシクはサネじゃない。ケジプだ」などと繰り返される「ケジプ」。時に吐き捨てられるように言われるその単語を、気にせずにはいられませんでした。
「成均館スキャンダル」は、年内にも「トキメキ☆成均館スキャンダル」として日本でも放映される予定だそうで、「東方神起のミッキー・ユチョン」が初めて主演したドラマでもあり、日本でもきっと多くの人が視聴するでしょう。本作は、時代物でありながら、とっつきやすい筋書きや雰囲気で描かれていますが、一方で、男女差別や階級差別、権力に抗おうとする人の声も随所にちりばめられています。キム・ユンヒを演じるパク・ミニョンが、あまりにもいちいちかわいすぎるのが長所であり短所でもあるのですが、ただの「学園ドラマ」ではないですよ!と、オススメしたいと思います。
(*)写真は全てKBSホームページより。
http://www.kbs.co.kr/drama/scandal/index.html