2011.03.02 Wed
第8回のテーマは、セミナー参加者のみなさんも高い関心を寄せる、「再燃する同一価値労働・同一賃金原則/コンパラブル・ワース(=ペイ・エクイティ)の意義」です。この同一価値労働同一賃金原則は、これまでも女性をはじめとする労働者や研究者から発信されてきましたが、最近では使用者、政府からも言及されるようになってきました。
その背景には、日本社会では男女間賃金格差の解消が依然として課題であり続けており、雇用形態間の賃金格差の「不公平さ」に対する批判が高まる中で、均等待遇実現への思いが人々に共有され、強まっていることがあげられます。他方では、そうした格差を説明するための手立ての模索があると考えられます。
今回、セミナーの時間を少しいただき、コーディネーターとして「日本におけるペイ・エクイティの実践:研究事例の紹介から」を報告しました。ここでは、竹中先生のお話と私の報告内容を踏まえつつ、ペイ・エクイティ(PE)のいま、そしてこれからを話しておきたいと思います。
(1)国際基準としての同一価値労働同一賃金原則
同一価値労働同一賃金の原則(PE原則)とは、同一価値の労働や職務には同一の賃金を払うことを意味し、公平な賃金に向かって賃金格差・差別を是正するための手段になるものです。性別職務分離のあるところで同一の労働による比較対象の設定が難しい場合にも利用できるという点や、職務・職種をこえて比較できるという点に、PE原則の大きなメリットをみることができます。日本の労働市場の特徴である、根強い性別職務分離や、正規職・非正規職など雇用形態間の賃金格差が存在することを考えると、PE原則は仕事が同じでなくても職務の価値を比較することによって、格差解消への有用な手段となるのです(赤本Ⅲ-2、青本第6講)。
しかも、このPE原則は国際基準となっています。ILO(国際労働機関)の100号条約(日本1967年批准)や、最近ではILOの「ディーセントワークの中心にあるジェンダー平等」(2009 年第98回ILO総会結論)、CEDAW(女性差別撤廃委員会)の「最終見解」(2009年第44会期)などによって、再三にわたり、性別にもとづく男女間賃金格差を是正するための具体的措置が要請されてきました。その中には、職務評価の実施の提案もあります。さらに、直近では、ITUC(国際労働組合総連合)の中核的労働基準に関するレポート(2011年2月17日)の中で、日本政府に対し、男女間賃金格差解消の特別措置をとるべきであると記してます。このように、国際社会の目が日本の男女間賃金格差の解消とその取組みに向けられているのです。
(2)ペイ・エクイティのこころみ―調査事例も含めて
PE原則を実施する場合、「同一価値」をはかる手法が必要ですが、それが職務分析と職務評価です。日本では、1990年代に職務分析・職務評価を用いたペイ・エクイティの試行が商社を事例に行われました。また原告勝訴となった京ガス事件(第一審)でもみることができます。
さらに、筆者が共同研究で参加した、スーパーマーケットと医療・介護職の事例もあります。この共同研究では、正規・非正規の雇用形態をこえた比較や職種間の比較も可能であることが示されています。このような経験からみても、これまで日本では、PE原則の実施は難しいという批判がありましたが、現在ではその根拠は乏しいといえます。
この研究で、私が共同担当した医療・介護職の事例では、取り上げた看護師、施設介護職員、ホームヘルパー、診療放射線技師について、診療放射線技師を基準にして職務の価値に基づく賃金を算出すると、看護師、施設介護職員、ホームヘルパーは現在得ている賃金より高くなるという結果になりました。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.この研究の詳細は、森ます美・浅倉むつ子編『同一価値労働同一賃金原則の実施システム』有斐閣、2010年として刊行されています。同著書は、「性と雇用形態に中立な賃金の実現に向け、その実施システムを提示する」ものです。ご関心のある方は、ぜひ手にとって読んでいただければうれしいです(宣伝です!)。
(3)PE実践のこれから
このように、日本では労働者・研究者サイドから、均等待遇を実現するために性や雇用形態に中立な賃金システムの要求が高まっています。その一方で、使用者サイドからは日本経団連編「2010年版 経営労働政策委員会報告」(2010)がPE原則に言及し、行政府サイドからは厚生労働省「職務分析・職務評価実施マニュアル」(2010)が発表されています。政労使それぞれのPE原則をめぐる見解が出揃いつつあります。
いま、そしてこれから、日本社会にとって、性や雇用形態に中立な賃金システムを構築していくことがどうしても必要です。そのためにも、PE原則による職務分析・職務評価を多くの職場で試み、それを根拠に団体交渉にのぞみ、格差是正や賃金アップに結びつけていくことが重要です。そのような運動をともに進め広げていければと強く願っています。
カテゴリー:セミナー「竹中恵美子に学ぶ」