2013.10.05 Sat
韓国ドラマの定番は、なんと言っても出生の秘密である。出生の秘密にはいろんなケースがあるが、韓国ドラマでは未婚の母とセットで描かれることが多い。以前にも書いたが、こんなエピソードが多いのは、その背景に父系血統を重んじる家族制度(戸主制)があるからだ、と私は思っている。子どもが父親の姓を受け継ぐことに象徴されるように、家族は法的に父子関係を中心に構成されてきた。婚外子で母親の姓をもつ子どもは、多くの場合、母親から引き離され、実父の姓に変えられてしまった。
「冬のソナタ」(2002)、「黄色いハンカチ」(2003)、「悲しみよ、さようなら」(2005~6)といった、2000年代前半のドラマの中に、こうした未婚の母と婚外子の試練が綿々と描かれていることはすでに書いた。だが、そんな試練を生み出す要因となった戸主制が廃止され、新たな登録制度に切り替わってからはや5年がたつ。ならば、戸主制廃止後のドラマでは、こうしたエピソードの描き方にも変化があるのだろうか…。
戸主制廃止後の“未婚の母”たち
戸主制が廃止されれば、未婚の母が増えて、出生の秘密が減るのが自然のなりゆきかもしれない。家族の形態や考え方が多様化し、未婚の母や婚外子に対する偏見も減ると思うからだ。実際に韓国の婚外子の数はここ数年増え続けており、2011年には9959人(婚外出生比率2.11%)に達した。それでもOECD平均が36.3%(2009年基準)であるから、日本とともに最下位を競うレベルであることに変わりはないが(日本は2.22%)。
こんな変化を反映するかのように、女性部主催の両性(男女)平等放送賞でも、シングルマザーを扱ったドキュメンタリー番組が毎年のように選ばれるようになってきた。「母を選んだ少女、リトルママ、チニ」優秀賞2007、「Missママたちの挑戦」優秀賞2008、「シングルママストーリー」優秀賞2009、「ミスママ、閉じられた校門を開く」大賞2010、「結婚しなくても私はママ」奨励賞2012などである(本欄39参照。写真は2010年の授賞式の様子)。
ではドラマの方はどうだろうか?こちらは未婚の母も出生の秘密のエピソードも依然として多い。今年は「出生の秘密」(SBS)と題するドラマもお目見えしたほどだ。特に2011年に放映されたドラマには軒並み出生の秘密と未婚の母が登場して話題となった。例えば、「欲望の炎」(MBC 2010~11)、「笑って、トンヘ」(KBS 2010~11)、「かぼちゃの花の純情」(SBS2010~11)、「きらきら光る」(MBC 2011)、時代劇の「チャクペ」(MBC 2011)などである。未婚の母が際立つのは、「私の愛、私のそばに」(SBS 2011)と「いばらの鳥」(KBS 2TV 2011、全20話)であろう。前者は、高校生のリトルママを主人公にしたもので、後者は、未婚の母と出生の秘密を物語の中心に据えたドラマである。
苦悩する女たち
「いばらの鳥」の主人公は、ソ・ジョンウン(ハン・ヘジン1981~)とハン・ユギョン(キム・ミンギョン1982~)の女性二人と、イ・ヨンジョ(チュ・サンウク1978~)という男性である。この三人に共通するのは、いずれも実母を知らずに育ったことだ。ジョンウンは施設育ちであり、親友のユギョンも中学生の頃、母親が実母でないことを知った。また、企業家の次男であるヨンジョも、死んだと聞かされていた実母が生きていることを高校生の時に知る。そんな三人が、子どもの頃に離れ離れになって以来、10年ぶりに再会しながらストーリーが展開する。
このドラマのもう一人の主役は、ユギョンの実母でイ・エリンという芸名をもつ女優のユン・ミョンジャ(チャ・ファヨン1960~)である。ミョンジャは女優として成功しかけた頃、未婚の母になった。しかし、女優としての活動の妨げになるからと、半ば強制的に赤ん坊をとりあげられ、他人の家族の元に送られてしまった。ミョンジャは子どもと引き離された悲しみを心の奥深くに仕舞い込んで女優を続け、その後、大女優になる。
主人公のジョンウンは、どこかで母親が自分の姿を見てくれるかもしれない、と期待して、俳優への道を歩んだ。片や、ユギョンは、子どもの頃の不幸な出来事で心に傷を負いながらも、ヨンジョの実家が所有する映画会社の有能な社員として働いていた。そこへある日、ジョンウンがオーディションを受けにやって来る。
ユギョンとジョンウンは「一卵性双生児のような人物」で、「一つの体だけれども二つの心を持つ、光と影のような」(演出家)存在として描かれている。ジョンウンはかつて、高校生だったヨンジョと心を通わせたことがあり、彼に対する特別な思いがあった。それを知ったユギョンは、二人の再会を妨害し、ヨンジョの心まで奪おうと、一夜をともにする。それでヨンジョの気持ちはすっかりユギョンへと向かうのだが、ユギョンは妊娠した事実を隠し、ヨンジョを冷たく突き放す。
“未婚の母”になる
さて、興味深いのはここからだ。ユギョンは自分が産んだ子どもをジョンウンの子どもとして届け、子どもを養子に出すよう頼んで外国へ旅立った。ジョンウンは、こうして“未婚の母”になるが、養子に出すにしのびなく、その子にハンビョルという名前をつけて自ら育てることにする。そして、重い病に罹って女優を引退し、廃人のように暮らしていたユン・ミョンジャ(イ・エリン)のもとへ転がり込むのだ。自分があなたの娘だと言いながら。
ミョンジャは重病で生きる気力もなくしていたが、赤ん坊を見て自分の孫であると確信し、娘だと名乗るジョンウンと三人で暮らしはじめた。娘と孫娘の出現に元気づけられて病気も克服する。じきにジョンウンが実の娘でないことを知るが、追い出したりはしない。それまでのいきさつを聞いて、すべてを承知したうえで、これまで通り母と娘の関係を続けようと提案するのだ。そして、後に自分が未婚の母であることを堂々と明かし、イ・エリンとして活動を再開する。女優の道を歩むジョンウンもまた、マスコミから婚外子の存在を噂されると、不利益を被ることを承知で、未婚の母であると告白するのである。
ドラマの後半は、戻ってきたユギョンが、幸せそうに暮らすジョンウンから母親と子ども、そしてヨンジョをも奪おうとして緊張が高まる。ドラマの結末はなかなか予想できずにはらはらさせられる。
制作者と俳優たち
このドラマは、最初の展開がスピーディーで、ストーリーについてゆくのが少々難しい。三人のそれぞれの実母が誰なのかが伏せられているので、うっかり気をぬいて見ていると、たちまち訳がわからなくなってしまう。その点は演出家自身も、「登場人物たちの複雑な感情が入り組んでいるので、視聴者たちも混乱したはず」などと語ったほどだ(連合ニュース「KBS“いばらの鳥”キム・ジョンチャンPD‘難しかったけど面白かった’」2011.5.6)。
視聴率はそれほど高くはなかったが、最終回に最高視聴率を更新した(14.9%)。ユギョンとジョンウンの性格設定がやや両極端だったため、私が感情移入したのはむしろユギョンの実母で女優のイ・エリン(ユン・ミョンジャ)だった。若い時は女優になるために子どもを捨てたけれども、身も心もどん底の生活から再び生きる気持ちを取り戻し、自分の過去を堂々と公表し受け入れる姿にたくましさを感じた。
脚本を書いたのは、1992年にデビューした中堅作家のイ・ソニ(写真)。「都市男女」(1996)、「モデル」(1997)、「ロマンス」(1998)、「止まらぬ愛」(2002)、「父の家」(2009)などの話題作を書いてきた。演出は、本欄で紹介した「黄色いハンカチ」、「バラ色の人生」、「憎くてももう一度」のキム・ジョンチャンである。ユギョンを演じたキム・ミンジョンは子役出身で、22年の演技歴がある。ジョンウン役のハン・ヘジンは「がんばれ!クムスン」や「朱蒙」でお馴染みの俳優だ。最近、8歳年下のサッカー選手と結婚して話題になった。また、ジョンウンに心を寄せるガンウを演じたソ・ドヨン(1981~)は、ドラマの出演料の全額を東日本大震災の被災者のために寄付したという。
イ・エリンを演じたチャ・ファヨン(本名はチャ・ハッキョン)は、1978年に“ミスロッテ”に選ばれたのをきっかけに芸能界に入った。1980年代に数々のドラマに出演し、1987年には視聴率70%以上と言われるドラマ「愛と野望」(脚本キム・スヒョン)に出演。チャ・ファヨンは、主人公のミジャ役を演じて人気を博した。その翌年、10歳年上の事業家と結婚し、引退。夫が妻の俳優生活を嫌ったと言われる。だが「エジャの姉、ミンジャ」(2008年)で21年ぶりにカムバックし、第二の全盛期を迎えている。夫とはカムバック直後に離婚した。
“養子縁組の日”と“シングルマザーの日”
このドラマにも出てくるように、韓国では未婚の母から生まれた婚外子は、多くの場合、国内外に養子として送られた。1950年代から海外養子縁組が盛んに行われるようになったことは周知の通り。今もそれは続いている。当初は韓国人女性と米軍兵士との間に生まれた“混血児”が多かったが、今は韓国人同士の間に生まれる婚外子が約9割を占めている。
2000年代の半ば、故盧武鉉大統領の時代に、“孤児輸出国”という汚名をぬぐおうと、国内養子を勧める運動を行った。その一環として定めたのが“養子縁組の日”(2006年5月11日)である。“家庭の月”である5月に、一家庭が一人の子どもを養子縁組しようという意味が含まれている。国内での養子縁組の条件も大幅に緩和し、翌年には初めて国内養子縁組が国外養子縁組を上回った(国内1,388人、国外1,264人)。
しかし、その後、「海外養子縁組を減らして国内養子を奨励するのも重要だが、それ以上に重要なのは未婚の母が婚外子を育てられるようにすることだ」という主張が起こった。そこで、“真実と和解のための海外養子たちの集まり”(TRACK)、“海外養子者センター、根っこの家”、“韓国未婚の母家族協会”、“韓国一人親連合”などが集まって、2011年5月11日を“シングルマザーの日”にすることを宣言し、毎年イベントを行っている(写真は今年5月、国会議員会館で開かれた第3回「シングルマザーの日」記念国際カンファレンスで行ったシングルマザーにケーキを配る行事。緑色の上着の女性は俳優ソン・イルグクの母で、国会議員のキム・ウルトン)。
最後に余談を一つ。このところ日本では、婚外子の相続差別をめぐる最高裁判決の報道などで“婚外子”という言葉がしょっちゅうニュースに登場しているが、実は韓国でも連日“婚外子”という言葉がニュースで報道されている。それは先月、朝鮮日報が現職の検察総長(先日辞任した)に婚外の息子がいる、とのスクープを流したからだ。婚外子の母親は飲食店を経営しており、検察総長とは以前からの知り合いだった。息子が初等学校に入学した際、学籍簿の父親欄に彼の名前を記入したのだ。そこまでは事実だが、その女性は、息子と検察総長との親子関係を否定している。
親子関係の真偽はともかく、その母親がマスコミに送った手紙の中に、こんなくだりがあった。「韓国で未婚の母が子どもを育てるのはとても大変です。……店を経営しながら店の周辺の人々から無視されたくないという思いで、名前を勝手に借りて書いたのです」(「ハンギョレ」2013.9.24)。
これを読みながら、まだ当分は、韓国ドラマから未婚の母や出生の秘密がなくならないだろう、と思った。
写真出典
http://www.unionpress.co.kr/news/articleView.html?idxno=103998
カテゴリー:女たちの韓流
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