2011.06.10 Fri

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遠まわりして、遊びに行こう

訳者など:花形 みつる ()

出版社:理論社

 これは、子どもを巡る物語です。  語り手の新太郎は大学2年生。カワイイ彼女もいて、彼女にええ格好するために、ファッションに気遣い、マンションを借りて、学生生活をエンジョイ!  ・・・・・・だったのですが、そんな努力もむなしく、「あなたって、つまらない」とキツイ別れ言葉で振られてしまいます。なんだかもう自分の生き方そのものが否定されてしまったようで大学にも行かず落ち込んでいるところに、母親から電話。弟がサッカーの強い私立高校に通うので、これからは仕送りなしでがんばってくれとのこと。母親は、新太郎より弟を愛していて、それを隠さず素直に見せるような人で、だから新太郎も怒れず、今回も腹立たしく思いつつ、受け入れます。でも、失恋で学校に行っていない間に単位を落とし、来年度に当てにしていた奨学金ももらえなくなり、マンションから下宿に引越し、バイトに走り回る生活へ突入。  そんな時に見付けたのが、五〇代のおっさん、正宗がやっている「遊び塾」。子どもと遊んで稼げるならと引き受けるのですが、なんだか学習塾の方も手伝わされて、これはちょっとだまされた? でも正宗は、何の悪気もないのでした。そして、新太郎を襲う受難は、「遊び塾」の方だったのです。そこには小学1年生から3年生までのガキ、あ、失礼、子どもがいるのですが、人間の子どもとはいえ、その年齢の、特に男の子は、ただのおサルなのでした・・・・・・。  近代の子ども観には、無垢や残酷がありますが、無垢も残酷も大人が自分たちを大人と実感するための見方でもあります。児童書は主に前者を、大人の小説は主に後者をついつい使用してきたわけですが、もちろんそれらに抗して、生身の人間として描く試みも数多くなされてきました。  そんな中で花形は一貫して、子どもは無垢でも残酷でも生身の人間でもなく、おサルであることを描いてきた作家の一人です。それを教員として実践の中から報告していたのが名取弘文であり、おサルだと知っているであろうに、決してそうは描かなかったのが灰谷健次郎です。河合雅雄はもちろん知っています。  「おサル」とは、己の欲望に忠実でありつつ、周りとの力関係を重要視し、両者のバランスを本能的に取っている生き物を指しています。  そうした視線で小さな子どもを思い浮かべると、なるほどなるほどと、大人から見ると奇妙な行動も納得がいきます。  もちろん人間の子どもはおサルではありませんが、近代の子ども観に惑わされないために花形は、そしておそらくいとうひろしもおサルに描くのです。  さて、今作ではおサルを描くことが目的とはなっていません。だって主人公は語り手の新太郎大学2年生ですから。彼は恋人に「つまらない人」という全否定で振られるわ、実家ではあまり存在価値を認められていないことを改めて示されるわで、大変です。つまり、人間であったはずの新太郎は、その自己存在(近代が人間と認知するもっとも重要な要素)を確かめる術を失い、おサルの群れに放り込まれるのです。もちろんおサルたちは、この新参者の新太郎を人間どころか、おサル以下に遇します。あだなはキタロー(鬼太郎)です。  そして、おサルを集めて商売(遊び塾)をしているおっさん正宗は、学生運動崩れのようですが、新太郎にとっての賢者としては一切機能してくれません。若者を育てる? 面倒臭い! ってわけですね。  さて、新太郎はおサルの群れのボスになれるのか? 群れを脱して人間に戻れるのか? それとも?  この物語は次時代のYAの可能性を秘めています。  そうそう、今作ではおサルが主人公ではありませんので、彼らの心理描写は必要が無く、おサル観察はいつもより綿密でわかりやすいですよ。

カテゴリー:こども 教育 / 文学 エッセイ 評論 / ひこ・田中の、 子どもの本イチオシ

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