
「自分たちのデカセギの歴史を残したい」――この本は、私が調査で出会ったタカハシさんのそうした希望から始まった。日本のニューカマー移民を客体とした研究は数多あるものの、ニューカマー自身が主体となって書いたものは、今に至るまでほとんど存在しない。そうした状況を何とかできないものか、と移民第二世代による発信企画を細々とやっていた者として、これは実現せねばならないと思った。デカセギ第一世代2人、第二世代3人、ヤマトンチュ研究者2人からなる、「ペルーから日本へのデカセギ史」プロジェクトはこうして始まったのである。
本の書き手については『当事者主権』を意識したが、体裁についても譲れないことがあった。デカセギの経験を当事者家族で共有してほしい。そのためには、世代を超えて読めるように「右から開けば日本語」「左から開けばスペイン語」というバイリンガル書籍を作る必要があった。
本を作る過程で何度も読み返したが、個人的にもっとも印象に残ったのは、オチャンテ・カルロスさんの章である。書式自由で進めたものの、研究者である彼が参考文献のない原稿を出してくるとは思わなかった。内容も、彼のお父さんの足跡だけを書いていた。しかし、読んでみてこういうスタイルこそが必要だったのか、と納得した。自分のルーツを自分で探り、自らの言葉でしたためるとき、学術的な体裁はむしろ邪魔になる。
ジェンダー研究で言われてきたことの後追いだが、アカデミズムの界と言葉は、私のような「ヤマトンチュ男性受験秀才」にとっての「ホーム」である。しかしそれは、第二世代研究者にとっては「アウェー」で、なかなかポテンシャルを発揮するような場を用意できていないと思っていたが、それを初めて本当の意味で実感した。カルロスさんは、お父さんがペルーから持ってきたガルシア・マルケスの『百年の孤独』を、日本の定時制高校に通いながら読んでいた(大人になってからも、米国に移住したペルー人作家のポッドキャストを聞いていた)。そのような、日本では評価されない文化資本を使うには、狭義のアカデミズムを捨てねばならなかったのだ、と。
執筆に際して、他の人は西日どちらかで書いてプロの翻訳家にお願いしたが、オチャンテ兄妹は日本語とスペイン語の両方の原稿を自力で用意した。15~16歳で来日したため、アクセント記号などは人に直してもらう必要があったが、それでもまずスペイン語で自らを消化する必要があったのだと思う。刊行に際して兄妹が育った伊賀で開いたシンポジウムには、地方都市で開催したとは思えない人数が参加していた。司会の2人は日本語とスペイン語を自在に切り替え、生気に満ち溢れていた。ああ、伊賀こそが2人のホームなのだ。こうしたホームを持てた移民はほとんどいないが、それが叶えばこれだけのことができるのだ。
「日本人と(結婚して)家族になる」か、「日本で教育を受ける」のでない限り、移民の社会移動は難しい。――これが日本の移民について30年研究した筆者の結論である。それくらい閉鎖的なこの社会で、研究で希望を抱く機会はなかなかないのだが、シンポジウムの帰り道ずっと幸福感に包まれてふわふわしていた。本を手に取って、そんな思いを分かち合っていただければ、これに勝る喜びはない。
◆書誌データ
書名 :ペルーから日本へのデカセギ30年史 Peruanos en Japón, pasado y presente
著者 :ハイメ・タカシ・タカハシ、エドゥアルド・アサト、樋口直人、小波津ホセ、オチャンテ・村井・ロサ・メルセデス、稲葉奈々子、オチャンテ・カルロス
頁数 :352頁
刊行日:2024/2/6
出版社:インパクト出版会
定価 :3520円(税込)
慰安婦
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