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浄化されたタマノコシ小説 ~初読と再読『高慢と偏見』

2013.06.17 Mon

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.初読美:ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』。18世紀初頭のイギリスの小説です。

再読子:としごろの五人姉妹の住まうベネット家の隣に、資産家の独身青年が越してきた! 転居祝いの舞踏会には大地主の友人も登場。若者たちの恋の行方やいかに。

初:こんなに通俗的な物語なのに、タイトルがいやに剣呑よね~。『高慢と偏見』って邦題のせいかしら。

再:原題は“Pride and Prejudice”。小説が出版された当時、ジェーン・オースティンの姪も本の背表紙をみて「なにこのタイトル!」と書架に差し戻したそうよ。

初:当時のイギリスの子がドン引きしたの?!

再:そりゃ、高慢だの偏見だの、小説で読みたくないわよ~。

初:まぁ、大地主の青年ダーシーと、“カネモチは高慢である”って「偏見」をぬぐえないベネット家の次女エリザベスとの、甘く捻くれた恋物語なんだけどね。

再:そうかしら。ダーシーの「高慢」云々より、この界隈のひと全般のプライドとか高慢のが問題よ。

初:この界隈のひとたち?

再:エリザベスがダーシーと初めて出会う舞踏会、あるでしょ。

初:越してきた独身青年ことビンクリーの転居祝いね。ダーシーも友人として舞踏会に呼ばれたのよね。

再:会場にダーシーが登場するや、〈この青年があらわれた五分後に、年収は一万ポンドという噂がたちまち室内にひろまり、満座の耳目をこの青年に集めてっしまった〉。いったいぜんたい、どういうご近所よ~。

初:ここのひとたち年収から噂にするのよね~。冒頭でベネット婦人がビンクリーが越してきたと夫に話す場面からして、〈なんと年に四,五千ポンドの収入があるんだそうですよ〉、だもん。

再:露骨なのよ、この界隈。舞踏会でのダーシーは〈楽しむのは沽券にかかわるという態度が歴然としていた〉。だから周囲は彼を「高慢」と評価した、っていうけど、こんな視線をあびたら楽しめなくて当然よ~。

初:でもさ、それは現代人の感覚で、当時のここらでは年収から噂するのがフツウだし、そこを愛想よく応対しないと「高慢」ってことになるんじゃない?

再:そうでもないわよ。エリザベスなんかは母親のそうしたふるまいを恥ずかしいと感じて、母親とダーシーが話すのを見るとヒヤヒヤするの。ほら。

初:〈エリザベスは、母親がさらに愚かしいことを口走るのではないかと気が気ではなかった〉。エリザベスは田舎に暮らしながら読書家で、感覚が前衛的というか、洗練されてるからね~。

再:その洗練されて賢いエリザベスが、周囲のムラビトとおなじ「偏見」に凝り固まるものかしら? だいいちエリザベスは、ムラビトのだれとも仲良くできない状態よ。なんたって「限嗣相続」だもん。

初:「限嗣相続」、この小説で初めて覚えた熟語だわ! ベネット家の〈娘たちにとって不幸なことには、男子の相続人がいないため、限嗣相続の法により傍系の男子がそれを相続することになっていた〉。財産相続を男子のみに許し、女子にはビタイチやるものかという当時の法律ね。

再:父が死んだら路頭に迷うこと必至のベネット家の娘たち。ムラじゅうが面白半分に噂してるわよ。「エリザベスさんはどこにかたづくんざましょ」って。

初:衆人環視の中での生存をかけた「婚活」なんて、ロマンスどころかホラーよね~。

再:こんな事情を抱えた娘がちょっといい男に近づこうもんなら‥

初:〈お金目当ての結婚〉って言われるわね。この界隈、なにかっていうとこれだもん。

再:〈叔母さまったら、お金目当ての結婚と、分別のある結婚と、そこにどんな違いがあるというの? 貧しい境遇におかれた男性は、礼節などにこだわっている余裕はないのよ。〉とエリザベスは知人の青年を弁護するけど、自分の弁護は自分でできないわ。

初:じゃ、「ダーシーなんて高慢で大嫌い」と周囲の女友達に言ってたのは‥

再:煙幕よ。本気で嫌悪感を示してたら、いくらダーシーが惣領息子でもノコノコ求婚してこないわよ~。

初:そういえばそうよね。わたし、だまされてたのかしら?

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.再:このふたり、舞踏会の後でビンクリー宅で再会するや、趣味は? 読書、みたいなこともやってるし。

初:あらやだ! ダーシーが「高慢」でエリザベスが「根深い偏見屋」って、まさか‥マボロシ?!

再:それどころかこの小説、最初のページから油断禁物よ。〈独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める事実である〉。じつに見事なウソだわ~。

初:夏目漱石が絶賛したという冒頭の一文じゃない。これがウソ?

再:資産家の青年には、〈ぜひとも妻が〉ではなく、“ぜひとも身分家柄のつりあった妻が”、必要なの。

初:うん。若い女ならだれでもいいわけがない。〈世間の認める事実〉としては。

再:〈ぜひとも妻が〉とブラフをかけられて、わたしたち小説読者はつい純粋にこころねや相性だけで男女がマッチングを試みる物語を期待してしまうの。しかも『高慢と偏見』というタイトルのせいで、心の悪徳だけがここに描かれる恋愛の障害なんだな、とか信じて読み続けちゃうの。

初:ダーシーの「高慢」さに拘りつづけるエリザベスって、すごいカマトトか道徳的に気難しい娘で、作者のオースティンもきっとそういうひとなんだなって思っちゃった。

再:この世間ではね、カマトトでも道徳家でもないオンナというのは、ひたすら欲望のカタマリなのよ。「エリザベスは知的なので教養のあるダーシーを好きになりました」と説明されても、このムラの人たちは〈お金目当ての結婚〉と噂しただろうし、そういう素直な物語にはわたしたち読者も、ジェーン・オースティンという独身の女性作家が妄想の発露でシンデレラ・ストーリーを書いたんだなー、と考えるにきまってる。

初:「高慢と偏見」とか悩む主人公だと高潔っぽいし、作品も高尚ぽくなるもんね。「女の穢い欲望」が「高慢と偏見」を煩うことで浄化されたのね~。

再:それが読者の界隈わたしたちのムラにある、女にたいする「高慢と偏見」よ。

(杵渕里果)








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タグ: / 杵渕里果 / 小説 / 高慢と偏見