2015.02.18 Wed
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.ワーク・ライフ・バランスという言葉をタイトルに掲げた単行本は、すでにけっこうな数が出ていますが、ここにご紹介するのは、ヨーロッパの小国、オランダの事例です。
もともとオランダは、子どもは母親の手で育てるべしという通念が強く、1960年代半ば頃まで、女性は結婚と同時に専業主婦になることがあたりまえとされる社会でした。しかし少子高齢化が進み、他のEU諸国同様、労働市場に女性を引き出す必要に迫られた政府が新たな労働政策・福祉政策を次々に繰り出すなか、女性たち自身がそれらの政策を時に受け入れ、時に抗いながら、どのように、自ら望ましいと考えるバランスで就労とケアを両立させようとしてきたか、そのためのさまざまな工夫の背後にどのような文化的背景や社会通念があるか――。多くの統計調査、政策文書、オランダ人研究者による分析や新聞記事などを読み解きつつ、50人のオランダ人男女へのインタビューによるライフヒストリーを核とした調査がこの本のもとになっています。
どのインタビューもそれぞれに印象深いものでした。本格的な調査を始めた2005年~2006年頃は、ちょうどオランダでもワーク・ライフ・バランス(本の中で紹介しているように、オランダでは、バランスではなく「組み合わせ」という言葉がキータームになります)にかかわる話題が多くの人の関心を集めており、ちょうど子育て真っ最中だったインタビュー相手の多くは、自分自身の経験ばかりでなく、親族や同級生など、周囲の人々の考え方や実践についても多くを語り、新聞記事の切り抜きを持ってきてくれたり、関連するテレビ番組を教えてくれたりもしました。
ただ、私にとってもっとも心に残ったのは、私自身の親世代、つまりオランダ社会全体に性別分業規範が浸透していた1960年代に子育てをした女性たちとのやりとりです。女性が正規のパートタイム就労と育児を両立することが当然となった今、娘がそういう選択をすることを積極的にサポートしている母親世代の中には、夫や職場の協力を得て看護師としての再就職を実現したものの、自分の母親や姉妹を含む世間からは白眼視された人、専業主婦として家事・育児に注力するだけでは飽き足らず、さまざまなボランティアや趣味に時間を割いてきた人がいます。1980年代以降に進んだ急速な変化の背景には、政府による政策転換ばかりでなく、そうした一人ひとりの女性の葛藤が織りこまれていたはずです。世代が異なる男性たちとのインタビューからも、オランダ人男性がある日突然「イクメン」になったのではなく、小さな変化の積み重ねが新しい動きにつながったのだと感じられました。
この本はオランダを理想社会として描くことを意図したものではありません。子どもも大人も幸福感は高いとされる国ですが、それは一人ひとりが自分の望ましい状態を特定し、その実現に向けて個別の選択を重ねてきた結果ともいえるものです。また、政策パッケージだけを紹介しても、それを右から左に移せるものではありません。ただ、限られた事例ではありますが、オランダの人々が日々の生活、あるいは人生設計の中で何を大事に思い、どんな決断を下してきたのかを知ることで、日本の私たちが自分自身の働き方、生き方を振り返りつつ、私たちにとっても開かれているはずの選択肢を思い浮かべ、具体的な一歩を踏み出す一助になればと願っています。 (著者・中谷文美)
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