2013.08.05 Mon
先日(7月23日)、演出家の金鍾学(キム・ジョンハク・享年62歳)が亡くなった。「黎明の瞳」(1991)「砂時計」(1995)「太王四神記」(2007)など、韓国のドラマ史を塗り替えるような傑作をつくり、ドラマ界の巨匠と呼ばれた人である。彼はこの間、ドラマ制作スタッフへの未払い賃金などのトラブルで訴えられ、検察の取り調べを受けていた。そのことに抗議する内容の遺書を残して、自ら命を絶ったのだ。
彼の死は、韓国のドラマ業界に大きな波紋を投げかけている。この事件がきっかけとなって、ドラマ制作会社と放送局との不公平な関係、年々高騰するスター俳優の出演料や人気作家の原稿料の問題など、業界に蔓延する弊害が改めて論じられ、表面化しつつある。そのことについては別稿にゆずるとして、とりあえず今回は、故金鍾学が演出したドラマの代表作、「砂時計」(全24話)について紹介したい。韓国でも、彼の死を悼んで、7月末から「砂時計」が再放送されている。
このドラマの時代背景は1970年代後半から民主化宣言後の90年代初め。愛と友情でつながれた三人の男女主人公たちが、時代の波に翻弄されながら壮絶に生きる物語である。カジノの利権をめぐる政・財界と暴力団との癒着や、軍事政権の暴力的本性がむき出しになった光州事件を正面から描いている。最高視聴率は64.3%(歴代4位)。ストーリーも映像も迫力があり、毎回映画を見ているかのようである。普段はドラマに見向きもしなかった男性たちが、このドラマを見ようと早く帰宅したため、「帰宅時計」と言われた。
主人公のうち、パク・テスとカン・ウソクは高校時代からの友人である。テスは料亭で働く母親のもとで育った。自分から仕掛けるわけではないが、ケンカが強く、地元のヤクザたちからも一目置かれる存在だ。父親は彼が生まれる前に亡くなった。そのため、母親が苦労して自分を育てたことを知っている。母親は、客に媚びを売って生活しながらも、テスには決して卑屈にならずに堂々と生きろと教えた。テスは最高の権力者になりたいという野心を抱き、その夢を叶えるために陸軍士官学校に進学しようと決心する。だが、亡父がかつてパルチザンだったという理由でその夢はあっけなく絶たれてしまう。そのことで傷心した母親も亡くなり、一人残されたテスは、大学への進学を放棄して、ヤクザの道へ入っていく。
一方、貧しい農家の長男だったウソクは、幼い頃から勉強がよくできて、村の人々から「神童」と呼ばれた。父親が貧しいという理由だけで不当な扱いを受ける姿を見て育った。不正がまかり通り、力のない人間が虐げられる社会。父親はウソクがそんな社会を変えるために司法官になってくれることを望んだ。その願いを叶えようとウソクは法学部へ進学し、司法試験の勉強に打ち込む。大学では毎日のように学生たちが民主化を求めてデモをしていた。だが、司法試験のための勉強とアルバイトに忙しいウソクは、そのような運動には参加しなかった。そんなある日、同じ大学で学生運動のサークルに入って活動しているユン・ヘリンと出会う。積極的で明るい性格のヘリンに、ウソクは徐々に惹かれていく。
ユン・ヘリンは、実はカジノやホテルを所有する裕福な家の娘だった。父親のユン会長は、カジノ業界を牛耳るためにヤクザを雇い、情け容赦なく相手をつぶして富と勢力を蓄えてきた。そんな父親を尊敬することができなかったヘリンは、反発心も加わって学生運動にのめりこんでいったのだ。周囲には自分がユン会長の娘であることを隠し、貧しい家の苦学生のふりをした。偶然知り合って好感を持つようになったウソクにも、嘘をついたままだった。ヘリンは父親の干渉を避けるために家出して、ウソクが暮らす下宿屋に引っ越した。そこでウソクの友人テスと顔を合わせる。
組織という壁
こうして三人が出会い友情をあたため合ったのも束の間。じきに彼らはまったく別の人生を歩むことになる。ウソクは司法試験に失敗して兵役につく。光州事件が発生するや、鎮圧隊として投入され、市民に向けて銃を撃たされた。その罪責感で一度は司法官への道を断念するが、紆余曲折の末に検事となる。片やテスは光州で市民軍として闘った後、軍事政権が“社会悪一掃”をスローガンに組織した三清教育隊に送られ、人間以下の扱いを受け死に直面する。出所後、とうとう組織暴力団の頭目にのしあがった。
ヘリンは学生運動のかどで当局に捕まり、厳しい取り調べと拷問を受けた。父親のコネで釈放されたものの、拷問によるトラウマからなかなか抜け出せない。ヘリンがユン会長の娘であることを知った周囲の活動仲間たちも離れて行ってしまった。そんな時、テスと親しくなる。だが、テスが三清教育隊に連行されると、テスと別れることを条件にして、父親に彼を救出してもらった。ヘリンはユン会長の跡継ぎになることを決心し、カジノで働きはじめる。
主人公の三人は生活の場も生き方も異なるのだが、それぞれが巨大な“組織”(=社会)と闘う点で共通している。検事のウソクはカジノ業界の朴会長の交通事故死に疑問を抱いたのがきっかけで、カジノの利権をめぐる勢力争いを捜査する。その相手は単純ではなく、捜査の先には暴力団と結託した軍事政権があり、さらにその癒着関係は足元の司法界にまで及ぶ。テスはこれらの錯綜した権力争いの底辺で、もっともあからさまな暴力に晒される。またユン会長の跡継ぎになろうとしたヘリンも、女性を会長として認めようとしないカジノ界(男性社会)との闘いに挑まなければならなくなった。
女性の描き方~ドラマ「初恋」との違い
ところで、歴代最高視聴率を誇るドラマ「初恋」(1996~7)は、時代背景をはじめいくつかの点で「砂時計」と似たところがある。主人公が3人(男2人と女1人)であることや、ペ・ヨンジュンが扮するチャヌが法律家を目指して法学部に進む点、カジノが出てくるところ、暴力シーンが多いところ、チャヌもウソクも学生運動に参加しない点などである。どちらにも80年代の時代的課題が反映されている。だが、「砂時計」が軍事政権の暴力的な構造をストーリーの中心にすえているのに対して、「初恋」は庶民の生活を中心に描いている点が大きく違う。
そして、私がもう一つ指摘したいのが、“女性の描き方”の違いである。「初恋」の女性主人公ヒョギョンは、愛という名で男性に依存する存在だが、「砂時計」のヘリンは愛を理由に男性によりかかったりはしない。ヘリンはテスを愛するが故に、彼を三清教育隊から救おうとして父親に「テスとは二度と会わない」と約束する。また、カジノの会長になろうとするのも、単に会長の娘だからということではなく、「カジノで得た金を悪徳な人間たちが権力維持を図るために使いたくはない」という明白な目的をもっている。「スカートをはいた若い女にカジノ産業の会長が務まるか」と反対する男たちに対しても、「ズボンをはいた男たちがしっかりしないからだ」と反撃し、堂々と会長の座につくのである。
ウソクと結婚した下宿屋の娘ソニョンも、「初恋」でひたすら家族のために尽くすチャノクとは違って、単に内助をする女性としては描かれていない。プロポーズするウソクに対して、ソニョンは「私を望むのか、それとも家事をする女が必要なのか?」と問い返す。また、「初恋」でヒョギョンを演じたイ・スンヨンが扮するヨンジンも、ウソクに対する個人的な感情よりも、記者としての職業意識を優先する自立した人物として描かれている。
初回に登場する学生街の飲み屋のエピソードも印象的だ。たばこを吸っていた女子学生を男子学生が「なまいきだ」と平手打ちする。それを見ていたヘリンが、その男子学生の頬を思いっきり叩きかえす場面である。私が韓国にいた頃も、似たような話をよく耳にした。女性たちが公の場でたばこを吸うことは許されなかった時代、ヘリンの行動は実に勇敢である。これも当時の学生運動に参加した女子学生たちの姿と重なる。
脚本家と俳優たち
このドラマの脚本を書いた宋智娜(ソン・ジナ1959~:写真)は、金鍾学とともにスケールの大きなドラマを制作してきたことで知られる。宋智娜を一躍有名にした「黎明の瞳」(1991)は、「ドラマに対する韓国人の認識を変えた」(キム・ファンピョ2012)とまで言われる作品だ。植民地時代の日本軍「慰安婦」とパルチザン、731部隊、済州島4・3事件などを大胆に取り上げ、初めて海外ロケを行って撮影し、膨大なエキストラを使用したことでも話題になった。民主化宣言後とはいえ、これらの事件についてはまだ真相も明らかにされず、歴史的な評価も定まっていなかった頃である。
それに引き続く「砂時計」でも、光州事件や三清教育隊問題など、放映当時は歴史的清算が行われていなかった問題に取り組み、ドラマ化して見せた。その感覚の鋭さに驚くばかりである。ドラマといえば家族や夫婦、男女間のかっとうを描くものが圧倒的に多かった中で、これらの社会性を打ち出した作品は、ドラマが描く地平を広げることに大きく貢献したと言えるだろう。「砂時計」は日本語字幕版のDVDがあるが、「黎明の瞳」もぜひ日本で放映してもらいたいドラマである。
パク・テスを演じたチェ・ミンス(崔民秀1962~)は、1995年のSBS演技大賞で大賞を受賞した。カン・ウソクを演じたパク・サンウォン(朴相元1959~)は演技大賞で最優秀演技賞とスター賞を、記者を演じたイ・スンヨンは優秀賞を受賞した。また、百想芸術大賞ではTV部門の大賞と作品賞を受賞したほか、チェ・ミンスが男子最優秀賞、ヘリムの用心棒を演じたイ・ジョンジェが新人賞を受賞した。また、脚本賞(宋智娜)、演出賞(金鍾学)も受賞している。テスとウソクの高校生役を演じたキム・ジョンヒョン(1976~)とホン・ギョンイン(1976~)もその後俳優として立派に成長した。
個人的に最も印象に残った脇役は、劇中、政府情報機関の要員として政財界と暴力団を巧みに操るチャン・ドシクを演じたナム・ソンフン(1945~2002:写真)である。また、ウソクの上司である検事長役のチョ・ギョンファン(1945~2012)とウソクの父親役を演じたキム・インムン(1939~2011)も実に味がある。残念ながら、この三人はいずれも他界している。テスやウソクと同級生で、後にテスを裏切るヤクザのイ・ジョンドを演じたチョン・ソンモ(鄭性模1956~)は、その後もヤクザや悪役を演じるお馴染みの性格俳優となった。
ちなみに、カジノの利権をめぐる政・財界と暴力団との深い関係を検事が捜査し暴いていくというモチーフは、90年代初めに起こった「スロットマシン事件」からヒントを得たものという。ウソクのモデルとなった担当検事のホン・ジュンピョ(洪準杓1954~)は、このドラマの放映後、“砂時計検事”というあだ名で呼ばれるようになった。一躍大衆的な人気を得た彼は、間もなく検事を辞し、政治の世界に転進した。1996年の国会議員選挙に与党から立候補して当選し、その後4選を果たす。2011年には与党ハンナラ党の代表も務め、昨年、慶尚南道の知事になった。
ドラマには写真でしか登場しないが、80年代の軍部独裁政権の中心にいた全斗煥(チョン・ドゥファン1931~)元大統領は、このドラマが放映された年の12月、軍事反乱主導嫌疑で拘束された。国会は同月下旬、「5・18特別法」を制定し、翌年、ソウル高裁が全斗煥に無期懲役と2,205億ウォン(約200億円)の追徴金を宣告した(1997年4月、大法院で刑が確定)。しかし、この間全斗煥が支払った金額はわずかにすぎず、76%が未納のままだ。今年6月、公務員犯罪没収特例法改正案(別名“全斗煥追徴法”)が国会を通過し、7月、全斗煥一族に対する未納金徴集作業がようやく本格的に始動したそうである。
「砂時計」の検事カン・ウソクには、まだやらなければならないことがたくさんあるのに、産みの親の一人がいなくなってしまった。故金鍾学氏の冥福を祈る。
写真出典
http://news.donga.com/BestClick/3/all/20130723/56611192/1
http://gogi22.egloos.com/4704851
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=wjh1106&logNo=150169243097
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=qmqzrhfn&logNo=30074241523
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=fuggy&logNo=20154677001
http://isplus.live.joins.com/news/article/article.asp?total_id=3725714&cloc=
http://cue.imbc.com/TotalSearch.aspx?query=%EC%86%A1%EC%A7%80%EB%82%98
http://info.park5611.pe.kr/Album/2000/html/Ost/Sand_Ost.html
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