上野研究室

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『<おんな>の思想』韓国語版訳者あとがき ちづこのブログNo.95

2015.08.16 Sun

前回にひきつづき、『<おんな>の思想』(集英社インターナショナル)韓国語版訳者あとがきのご本人による日本語訳を、翻訳者のチョウ・スンミさんのご厚意で、以下に掲載します。達意の日本語、それに周到な解説です、感心しました。

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<おんな>の思想 訳者あとがき                               チョウ・スンミ

 著者の上野千鶴子がこの本のはじめのページに書いているように、フェミニズムは20世紀を揺るがしたおんなの思想であり実践であった。訳者らを含め、数多くのおんなたちが女性解放のための理論・実践であるフェミニズムのおかげで、またその信念を実践しようとするおんなたちとの縁のおかげで、絶望から脱出し、生き残った。フェミニズムは、家父長制社会で女が感じる無力さはすべて自分のせいではないということ、男性支配に対する怒りがどんなに価値のあることかを気づかせてくれた。女が単なる被害者あるいは犠牲者であることにとどまらず、自分の人生の主人公として生きられる足場をつくってくれた。またフェミニズムは、女がただ男性と同等な権利を得ることを要求することを越えて、女性内部の差についてまともに理解させるようにしてきたし、ひいては周りにいる抑圧されている他者を顧み、新しい姿をした社会を夢見て、起こす作業が、どんなに切実なものであるかを悟らせてくれた。
 この本で著者は、次代のおんなたちに継いでほしいという心から、上記のようなフェミニズムの遺産、賞味期限が終わったとは決して考えられないフェミニズムの思想を扱っている。男性/世界の中で生きている女性たちは何より自分を、自分の経験を語る言語がなかった。すでにある言語の中からは、おんなたちの欲求や感情をまともに表すことができることばが見つからなかった。出口のない地下の中から、土台となる母語が何もない中から、女が女の言語を探しにいく困難な旅程と激しい戦いを描きながら、女たちが見つけた思想の言葉を紹介した本が『<おんな>の思想』である。同時に、この本は女の言葉を通じて、著者自身が自分の思想(つまりおんなの思想)を獲得していく軌跡を見せてくれる本でもある。著者は1部で、家父長制男性支配社会の中で生きながら悩み、その思惟を通じて、一歩進んで行こうとした日本の女性の思想家5人、2部では今日のフェミニズム思想に大きく影響した外国の思想家6人を扱っている。

 2014年8月25日、私たちは著者の上野千鶴子が導いている日本の女性団体WAN(women’s action network)の東京事務所を訪問した。著者と会って、この本を書いた目的と全般的なことを確認するインタビューをするためだった。このインタビューには私たちの長い友達であり、日本で「薬物依存者女性たちの回復のための当事者の会(DARC)」を導いている上岡陽江も同行した。
 著者はその日発売された新刊漫画「大奥」11巻を読んでいたところで私たちを迎えてくれた。著者が私たちも好きな漫画家よしながふみの漫画を持っていたので、知らないうちに緊張感が解けた。暖かい雰囲気の中から、まず著者は社会学を専攻して勉強していた学生時代に、フェミニズムと初めて出会った事件について発言を始めた。「おんなとして経験したことが研究でき、言語化できるということは衝撃的な経験であった」と著者は振り返った。そして思想について次のような定義をくだした。
「思想とは、経験を言語化・歴史化・理論化することであり、現実と闘う武器である。おんなたちの思想は、女たちの置かれている現実に対抗して闘うことができるようにさせる」。
 まもなく私たちは1部で取り上げられている5人の日本の思想家のうち、自分にとって一番興味のある思想家が誰なのかについて話し合った。この5人の思想家は著者より3~10歳ぐらい年上である。著者は「5人全部から莫大な影響をもらった。5人の思想に全部憑依したと言える」と語った。そして、著者は「3章の田中美津を除いて、4人はすべて詩人として出発していたことが共通している点だが、当時おんなたちは、自分を、自分の経験を表現するための言語を持っていなかったため、詩人として出発するしかなかった」と説明した。
 1部で著者は出産をめぐる女性の経験を話しながら、未来世代に伝える話を模索した森崎和江を、最初に取り上げている。引き続き2章では、環境保護運動をしながら女が達成できる窮極の思想の境地を見せてくれた石牟礼道子、3章では1970年代日本の女性解放運動であるウーマンリブ運動の代名詞である田中美津、4章ではウーマンリブ運動にインスピレーションを吹き込んだ富岡多恵子、5章ではフェミニズム批評の水準を一段と引き上げた水田宗子を取り上げている。この5人はみな生存しており、お互いを知っている仲である。また、1~3章で著者がそれぞれ取り上げ論じた森崎和江の『第3の性』(1965)、石牟礼道子の『苦海浄土』(1969)、田中美津の『いのちの女たちへ』(1972)は日本の社会学・歴史学界でも戦後日本の思想の名著として選ばれている著作でもある。

 

 日本において現代的な意味のフェミニズムは1970年代ウーマンリブ運動ではじめて登場したと認識されており、1948年生まれの著者もやはりウーマンリブ運動の世代だ。通常、ウーマンリブ運動の前史は‘日本の第1波フェミニズム’と呼ばれる市川房枝などのような20世紀初期の日本女性の参政権獲得運動と認識されている。しかし著者は思いきり異なる系譜を描く。森崎と石牟礼をウーマンリブ運動の前史と繫げることであるが、著者は、近代的男性の思想を越える試みで成功した二人を、ウーマンリブ運動と連続性を持っている日本の初めてのフェミニズム思想家と評価する。
 森崎は1960年代の日本の代表的な労働組合活動家の谷川雁と恋人の仲であり、共に労働運動をしたが、谷川が運動内部で起きた強姦事件に対し真相調査を先送りすると、彼と決別した。1章で著者は出産という女の固有な経験から思想を作り出そうした森崎の作業『第3の性』(1965)に焦点を合わせているので、詳しく紹介してはいないが、森崎の著作『闘争とエロス』(1970)では極限状態に追い詰められた労働闘争の殺伐な雰囲気の中で男権主義的な組織運営の原理に対抗して、結局谷川と別れることになる森崎の様子、すなわち男性の運動から脱け出そうとする奮闘がよく現れている。このような森崎の思想は、以降の日本の女性運動が、たとえば、運動圏内部のセクハラ事件などを隠したり、中途半端に処理する方式に異議を提起するところに大きい影響を及ぼした。このような急進性の故に森崎の思想は、環境問題に取り組んで男性運動家たちにより高く評価されている石牟礼に比べれば、今まで、比較的無視されてきたほうだともいえる。

 

 森崎とともに女性同人誌《無名通信》の活動をしていた石牟礼もまた、谷川から影響を受けたが、独自の道を歩むことになる。著者は「石牟礼が男の思想、すなわち日本の啓蒙的な近代で最高峰に達したといえる谷川と決別したので、『苦海浄土』が書けた。この作品は女でなければ、書くことができなかった」と語った。『苦海浄土』で石牟礼は、自分がたとえ無力でまた無能であっても、生きている者が災害や災いを被れば、全面的に感応する資質を持つ‘悶え神’の観点に立ち、話すことさえできない重い病状に至った水俣病患者の声を伝えようとした。このような境地に達するまで、石牟礼は自分を自ら肯定して認める過程を経なければならなかったし、それは著者が石牟礼の『最後の人 詩人 高群逸枝』(2012)を取り上げて描写しているそのままである。
 森崎のように、日本男性たちから低く評価されてきた1部の他の思想家は田中美津である。だが田中美津は日本のウーマンリブ運動世代にとって精神的な柱といえるような人物である。田中美津について著者は「ほとばしる女性解放への情念」と表現しているが、3章の冒頭で著者は田中がビラ「便所からの解放」を書き、男性社会の女性に対する二重基準のメッセージを、果敢に拒否した点を取り上げている。田中にとって女性解放とは、男性/世界で生きながら自分を否定するほかなかった女性が「このあたしがクズであるハズないじゃないか」と立ち上がり、自分が自分であることを願う自己肯定に至る過程でもある。

 

 著者とのインタビュー中、私たちの友達の上岡陽江は自身が最も影響を受けた思想家として田中をとり挙げた。上岡は「男から経済的にも精神的にも自立できないで薬物をしながら、しんどさにさまよっていて、摂食障害に苦しんでいた二十代の時期、私はフェミニズムに関心を持ち始めた。だが、男性はもちろん、フェミニストを自任する周りの女からも差別された。そのうち、自然とフェミニズムと距離をおくことになったが、この時、自立できない女たちを差別しないということがフェミニズムであるという事実を悟らせてくれたのが田中美津であった。そして私はフェミニストになった」と貴重な経験を喜んで分け合ってくれた。
 3章の半ばでは、著者は、中絶をめぐる論争にも飛び込んだ田中の思想を紹介している。後半では新左翼の学生運動の革命戦士となって同じ女性を犠牲にする暴力に駆け走ってしまった、あたかも男のようになった女性、永田洋子をめぐって考える田中美津に注目する。この部分は、著者が2005年にすでに発表した論文集『生き延びるための思想』で言及したところでもあるのだが、女性革命兵士の永田洋子は、日常とかけ離れた革命や大義のために現在を手段としながら、力と効率性を追求して死を覚悟する思想の系譜ともいえる男の思想を継承したともいえる。しかし、田中美津は男の思想ではなく、女性解放に出会った。このような田中の思想を、著者は「生き延びるための思想」と呼んでいる。
 4章の富岡多恵子は、日本のウーマンリブ運動にインスピレーションを吹き込んだ伴走者といえるが、家父長制に対して辛らつかつ直接的な批判はもちろんのこと、女性運動に対しても鋭い問題提起により、著者に影響を及ぼした人物である。著者は富岡が著作『藤の衣に麻の衾』(1984)で、女であるなら競争的でなく、平和を愛するだろうと規定するような視点、いわば一般化の誤りにしばしば陥る女性運動の内部の本質主義を警戒している点、男たちが今まで破壊してきた世界と環境を救うと飛び込んだエコフェミニストにかえって性差別主義を見つけ、それを批判した点を論じている。富岡を扱った4章は、著者が本文で話しているように、1章の森崎と比較して読めば、性をめぐる日本女性の思想に多様な振幅があることが確認できるだろう。

 

 5章で、著者は英文学者であり詩人の水田宗子を取り上げ、フェミニズム批評が進むべき方向について熟考させてくれた。著者は水田の論文「女への逃走、女からの逃走:近代日本文学の男性像」(1993)を日本のフェミニズム批評の頂点であり力作だと評した。近代家族という装置の下で、無能な権力者である父としての立場を持つ男性作家らは、理想的女性-妻か売春婦-を探すために転々としながら、結局、理解不可能で不愉快な他者=女性を発見し、女性嫌悪に達する。この論文は著者の2010年作(韓国出版は2012年)『女ぎらい』でも言及されているので、『女ぎらい』もいっしょに読めば、一層、豊富に理解できる。

 一方、2部は、今日、女性学を勉強する時、基本的に読むべきテキストとして著者が取り挙げる著作を検討した内容である。1部が何の土台もない、既存の言葉ではとうてい説明できない女性の経験から言葉を編み(FABRIC)、思想を作り出した日本の女性思想家を扱ったとすれば、2部は哲学・文学・歴史学などの分野からジェンダーとフェミニズムに対し認識の転換を画期的に呼び起こした西洋の思想家6人に、焦点を合わせている。

 

 2部で著者はポスト構造主義(Post Structuralism)・ポスト植民主義(Post Colonialism)・クィア研究(Queer Studies)の思想家、フーコー、サイード、セジウィク、スコット、スピバク、バトラー、このように6人の代表的な著作を検討するが、この著者らの背景として、西洋の哲学と文学、歴史学などで認識論的な挑戦ともいえるポスト構造主義、言説によって社会現実が構築されるとする社会構築主義を理解しやすく説明している。また、時々この思想家から影響を受けた日本の社会学・女性学研究、ご自身の研究を紹介したり、日本の女性運動史に言及したりもするが、このような交差点が興味深い。また、2部で取りあげている思想家は韓国でも1部の思想家より知られている。2部で、著者は、各々の思想家の膨大な理論作業の全部に言及していないが、フェミニズム思想について理解しやすく書いている。2部はフェミニズムの入門書として読んでもいいだろう。また、今日のフェミニズムの源泉となった著作を読む方法を提示することによって、フェミニズムに関心のある読者はもちろん、おんなの人生について考える人なら誰でも近寄れ、フェミニズムといっしょに呼吸できるようにさせている。2部で扱った思想家を深く知りたければ、それぞれの著作を直接読んでみることを薦めたい。セジウィクを除き、5人の思想家は、その著作が全部韓国語で翻訳された本が出版されている。
 6章で取り上げ論じるフーコー(Michel Foucault)は現代社会を思考するにあたって重要な近代性、そして権力のメカニズムを分析した著名な哲学者だ。フーコーの多くの偉大な著作の中で著者は『性の歴史1 知への意志』(1976)を取り上げ、性(sexuality)を自然と本能から分離して認識できるようになったことの意味を検討した。著者はフーコーが 「子どもの性の教育化」、「女性身体のヒステリー化」、「性倒錯の精神病理学化」、「生殖行為の社会的管理化」という四つの要素を近代のセクシュアリティの装置として取りあげたのを本文で紹介した。また、告白制度に対して分析したフーコーの議論を参照して、日本の近代のセクシュアリティについても語った。

 

 7章で扱うサイード(Edward W. Said)は国内でもすでに多くの著作が翻訳出版されている著名なポスト植民主義の理論家であり英文学者だ。サイードは『オリエンタリズム』(1978)で、東洋を支配するための西洋の図式としての‘オリエンタリズム’を看破したが、著者はサイードが、オリエンタリズムがジェンダーと密接な関連があると言及した部分を指摘しながら‘東洋’の代わりに‘ジェンダー’を入れてみている。男は自らの高貴さを確立するため、女という劣等な他者を必要とする。権力と支配の言語が、他でもなく、ジェンダーなのだ。そしてこれに対し抵抗するためには、覇権を持つ敵の武器、すなわち男の言語を知る必要があるのだが、他者の視点について省察するということがなぜ重要であるのかをよく見せている
 8章で著者はセジウィク(Eve Kosofsky Sedgwick)の英国文学研究書『男同士の絆』(1985)を扱うが、男同士の絆が同性愛嫌悪と女性嫌悪を共通分母としながら形成された男性の社会的絆であると読み取る。セジウィクの作業はフェミニズム批評をつなぐものであり、自然化されている(強制されている)異性愛規範を問い直すクィア研究の成果でもある。同性愛に対する分析はただ単に同性同士の愛を認めてほしいという承認要求に止まらず、異性愛主義と女性嫌悪により点綴されている男性優位の支配的社会秩序の根幹を問うために不可欠な作業だ。著者は「男同士の絆の中に女の居場所はない」と書いているが、特に、著者は、セジウィクの思想に基づいて、さらに一歩踏み込んで女性内部の、女性自らの女性嫌悪を論じることができるようになった。異性愛中心主義社会の男同士の絆の中から、生産・再生産される女性嫌悪のメカニズムをよく説明している章である。
 9章で扱ったスコット(Joan Wallach Scott)は、今日、最も多く使われているジェンダーに対する定義を作ったフェミニスト歴史学者である。また、歴史にあたかも不在であるかのように描かれてきた女性についても考えた。スコットは『ジェンダーと歴史学』(1988)で、ジェンダーとは「身体の差に意味を付与する知識」と定義したのだが、著者はジェンダーこそ政治的な概念だと強調する。たとえば既存の女性学が女性(女性集団)とその経験を研究対象にしたとすれば、ジェンダー研究は社会のすべての領域―たとえ女性が不在の所だとしても―から、ジェンダーがどのように作用するのかを明らかにするものだ。また、著者はスコットがその始まりから性差別を内包していた西洋=近代の虚構性を暴露したと説明する。「ジェンダー」を道具として、既存の強固な知識、体系、権力などにどれくらい効果的な攻略ができるのかをよく見せている。

 

 10章で扱ったスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak)は既存の思惟体系の限界を構成する脱構築理論の批評家であり代表的なポスト植民主義の女性理論家だ。スピヴァクは論文「サバルタンは語ることができるか」(1988)で19世紀インドで起きたサティを素材にして、社会移動が遮断され、自らは話せないサバルタン(Subaltern)の声をどのように聞くことができるかについて考えた。スピヴァクの論文から、著者はサティをしようがしまいが、家父長制の共犯者の位置に置かれてしまうことになる女性の苦しい立場と実践を「服従が抵抗になり、抵抗が服従になる」 アンビヴァレントなものだと読み、日本女性の服従と抵抗に対する研究も紹介している。このような著者の読解方法から、私たちは、スピヴァクが結局、語ることができないと結論を出すようになったサバルタンの声を聞き、読み取ろうとする試みがなぜ大事であるかがわかるようになる。
 11章は社会的・文化的性差という概念として「ジェンダー」を導入した既存のフェミニズムの思惟方式に対して挑戦した哲学者バトラー(Judith P. Butler)の『ジェンダートラブル』(1990)を扱った。フェミニズムは身体的‘女’というカテゴリーのもと、集合的なアイデンティティをたててきたが、バトラーはこのような思惟の中には‘本質主義’が置かれていると批判する。著者は、 バトラーが‘女らしさ’を遂行する行為が原因になって‘女’というアイデンティティおよび身体性が構築されると、徹底的に踏み込んで考えたと指摘する。それから、著者は「それなら‘女’は、何を根拠に共通性を作り、どんな経験を共有し、互いに連帯するか」と問う。
 実は、女の敵は女ではないと堅固に信じている訳者たちもしばしば女の敵は女であることを確認する現実に遭遇し、苦しさを感じたことがあって、フェミニストとして理想的な命題を信じなければならないのか、現実をみなければならないか悩んだことがあった。ところが、この章で著者が提示した連帯に対する思惟を通じて、膝を打った。女たちの連帯というものは最初からあったわけではなかった。階層と人種、婚姻の有無、雇用と非雇用、正規雇用と非正規雇用、同性愛者と異性愛者など、女たちが置かれている境遇や立場、男性社会から押しつけられた分断を乗り越え、連帯できると信じることとは、未来のために私たちをすっかり委ねる‘投企’である。著者の指摘のように、人類最初の女性連帯を夢見て実践するため、がんばっていたのがフェミニズムの初めての世代だったのだ。そのような投企があって、今ここに、私たち、女の思想を夢見る私たちがいるのだと信じている。このような意味で、訳者たちがこの本を翻訳したのは、私たち自身にとっても非常に有意味で、誇らしいことだ。

 韓国に帰ってきて本格的に翻訳を進めてながら、私たちは何の土台もない、既存の言葉ではとうてい説明できない女性の経験から思想が作り出されるまでには、フェミニズムの価値を信頼する多くの女性たちの思惟と献身がなければならなかったという点に、もう一度気づくようになった。特にこの本の1部が書かれたのは、本文で著者が多少長く、何度も強調しているように、この本の前に『日本のフェミニズム』(1993)という全集が出版され、遡れば、日本のウーマンリブ運動史を整理した『資料日本ウーマンリブ史』(1992)が出てきたからであり、さらに遡ると、このような資料集、論文集を作れるようにした、女性運動のビラや文章を大切に保管してきた名もない女性たちがいたからだ。

 

 しかし、1部で取り上げられている著作が石牟礼道子の『苦海浄土』を除き、韓国語で翻訳出版されてないので、この本を翻訳するのが良いのか迷った。著者の知性的でかつ明快な文章のおかげで、内容自体はそれほど難しくないが1部で取り上げられた本がほとんど翻訳されない状況であったので韓国の読者が不慣れに感じるかもしれないと心配していたからだった。

 

 それにもかかわらず、翻訳を決心することになったのは、日本フェミニストたちとその思想を韓国で初めて大挙紹介する意義があって、また著者がその核心をよく説明していると考えたからだ。また、このような企画を通じて、今後、韓国語になった女たちの思想をさがす試みがいっぱいほとばしることを願ったからだ。私たちはこの本の1部が韓国社会の現実とそれほどかけ離れている話ではないと確信している。特に女性嫌悪が充満しているこの頃、私たちは女性嫌悪に対抗するために思想を持つ必要がある。考えることを止めなければ、私たちには思想という心強い垣根ができるだろう。

フェミニストとして生きてきながら、何より大切に得たのは、女の思想を大切にできる女たち、(小数ではあるが)男性フェミニストたちとの縁ができたことだ。このような縁を上野千鶴子は男性社会の学縁・地縁・血縁と対比される概念として「女縁」という言葉で呼んでいる。女縁は私たちに生きていく強靭な力をくれるだけでなく、幸せにする。女性団体の会員として出会い始め、この本の共訳者として再び出会うことになった訳者の二人の関係も女縁といえる。私たちといっしょに女縁を楽しんでおり、また翻訳を励ましてくれた友達のナル、ナユン、ブケン、ユイ、オソバン、オスカール、ジャッキーに感謝する。まだ編集に入らなかった段階で翻訳草稿を読んで、推薦の言葉を書いてくれたチョソユンスク様、クォン・ヒジョン様にも感謝する。
 日本で現在活躍しているフェミニスト運動家が、1部で登場している思想家らをどのように見ているのかについては、訳者あとがきの冒頭で言及したWANの東京事務室を共に訪問した友の上岡以外にも、日本のフェミニズム新聞『ふぇみん』の編集長であり、ひとり親女性のサポート団体‘しんぐるまざあずふぉーらむ’の代表の赤石千衣子、婚外から生まれた児童の差別撤廃運動を繰り広げている‘なくそう戸籍と婚外子差別・交流会’の活動家、伊藤美恵子などの意見を聞いて整理した。それぞれ現場で非常に忙しいはずなのに、快く時間を出して、経験を分け合ってくれた。感謝申し上げる。また、インタビューはもちろん、質問を書いたEメールに何回も誠実に答えて下さった著者、上野千鶴子先生にも深い感謝や尊敬の意を表したい。

 

 日本の社会的背景やフェミニズム専門用語に対する(訳者)脚注は日本の岩波出版社から出た『岩波女性学事典(2002)』を主に参考にして、何度か検討しながら、つけた。それにもかかわらず、日本と韓国の女性が置かれた状況や社会的・歴史的脈絡が異なるので、見慣れない説明や紹介があると推測する。この本を出版するのは出版社にとっても大きい冒険であろう。難しい条件のもとでこの本を出版してくださった現実文化研究社とキム・スヒョン編集長に深い感謝を伝える。

 

 女の思想は、変革の思想でもあると考える。女を抑圧する構造に抵抗しながら、自分をありのまま受け入れ、愛するようにさせる力。差別と排除の中に置かれている魂の麻痺から私たちを起たせ、戦って生きる力。ひいてはフェミニストからも差別されていると感じながら、躊躇している周りの女たちを顧みる力。マイノリティと次の世代のために、連帯し、走って行く力。 読者たちがこの拙い翻訳文を読んでそのような力を、少しでも、得たなら、それ以上、うれしいことはないだろう。

 女は誰でも自分をめぐる状況を評価・判断できる能力を持っていると考えている。重要なのは、ある社会的な条件に置かれている主体が、既存の差別・不平等・抑圧・排除の論理とどのように関わるのかを認識し、絶えず省察することであろう。日常生活にも<おんな>の思想への手がかりはある。私たちは、読者がこの本を、単に情報や知識が伝えられるレベルで読むことに留まらず、自分の人生において思想的な力を与えた人々を思い出したり、世代を乗り越えられる知的なコミュニケーションを図ったり、これからの人生を計画することに智恵として使うことを願っている。そして、多くの女性が自分の立っているその場所から、<おんな>の思想を紡ぐ作業をはじめることを期待している。

2015年7月

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