2015年12月28日、日本軍「慰安婦」問題=日本軍性奴隷制に対して、日本政府は、「今般、日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒す措置を講ずる」ことを前提に、その発表において「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」ことを韓国政府との間で合意したと報じられた。
この合意で「安倍内閣総理大臣は[...]慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」と公表した反面、国連で、強制連行を命じた公文書は存在しない、と安倍首相は外務省に主張させるよう強く働きかけたと報道されていることからも明らかなように、この「合意」は、なぜ、首相が謝罪しなければならないのか、つまり「慰安所」とはどのような施設であり、日本政府が真相究明のためにどのような努力をしてきたのか、安倍首相はどのような言葉でなにを語ったのか、なにも明らかにしていない。
なによりも、この合意に至るまで、日本軍性奴隷制に関する真相究明、歴史教育など最も強く主張し、そして国際社会のなかで、戦時性暴力や植民地支配の問題を広く周知させる活動をも行ってきた、性奴隷の被害を受けたハルモニたちには、話し合いの蚊帳の外に置かれていた。
本書は、これまで、日本軍「慰安婦」問題に対する日本政府の不誠実で、国際社会における戦時のおける女性に対する暴力をめぐる議論の成果を全く無視した態度を、長年にわたり批判し、歴史、国際法、思想といった分野から研究・運動してきた多くの人たちの文章からなっている。
第一部は、「日韓合意をどのように受け止めるか」をテーマに、梁澄子さん、西野留美子さん、川上詩朗さん、前田朗さん、田中利幸さん、吉見義明さん、そして、わたし岡野がそれぞれに、短い論考を寄せている。
第二部は、「「慰安婦」問題・日韓合意を批判する各界からのメッセージ」として、26名もの方からのメッセージが届いている。メッセージとはいえ、それぞれの活動や研究のなかから、今回の日韓合意に対して沸きあがる怒りの、その原点にあるひとの尊厳に対する敬意、歴史に対する真摯な態度、そして、なによりも被害者のハルモニたちの〈正義を返せ〉との長きに渡る訴えにしっかりと応えようとする言葉がならぶ。
国際法学者の阿部浩己さんの言葉を引用しておこう。「決定的な過誤は、大国の意を全身に浴びながら、古典的な国家間外交の枠内で問題を処理できるといまだに考えているところにある」(71-2)。いまや、女性の人権問題として、普遍性をもって語られ始めた「慰安婦」問題。国際社会は、一人ひとりの尊厳を守るために、むしろ国家によってなされた不正義を正そうと動き出していることを、本書から読み取っていただきたい。(共著者 岡野八代)
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