盛りだくさんの内容に楽しく取り組んだ今期の読書会。活動概要および、後半に取り上げた『小説 土佐堀川』に重点を置いて活動成果を報告します。
【活動概要】
今期のテーマは大きく分けて3点。女性史上に名高い高群逸枝と2015年度下半期NHK連続テレビ小説『あさが来た』の主人公・広岡浅子の2人を取り上げました。また5月には、憲法学者を講師に迎えて「憲法カフェ」を開催。改憲議論の高まりを受けて今日的な課題を考える基礎として、「立憲主義」と近代国家における憲法の成立過程を学びました。
4月に開催した加納実紀代さんの公開ブックトーク「高群逸枝と母性主義」については、別途報告を掲載していますのでご覧ください。

古川智映子『小説土佐堀川』(2015年 潮文庫)と広岡浅子『人を恐れず天を仰いで 復刊「一週一信」』(2015年 新教出版社)
【『小説 土佐堀川』にみる広岡浅子】
6月からは、明治期の実業家女性・広岡浅子の伝記『小説土佐堀川』(古川智映子2015潮文庫)および浅子のエッセイ「七十になるまで」(『一週一信』所収)を輪読しました。古川の執筆動機が高群逸枝の編んだ『大日本女性人名辞書』の浅子の項にあると知り、読書会のテーマのつながりを感じつつ、いわゆる「朝ドラのヒロイン」として一躍話題になった広岡浅子に焦点をあて、テレビドラマの原案となった伝記的小説を番組での浅子の描かれ方との比較もしながら読み進めました。「五代ロス」など話題の多かった『あさが来た』。そのためか、関連書籍の発行や展示会などの催しは数多く行われていましたので、読書会でも浅子が開校に尽力した日本女子大学や、浅子が創業に関わった大同生命保険株式会社が開催した展示会へのフィールドワークの成果、また関連書籍、テレビ放送番組を資料として大いに活用しました。
『小説土佐堀川』は、タイトルが示すように古川智映子の取材をもとに執筆したフィクションです。これまで女性史の分野でも脚光を浴びる機会のなかった広岡浅子に魅力を感じたという古川によって、どのような浅子像が構築されてきたのかを読み解いていきました。幼少期に女であるがゆえに学問を禁じられた一方、商いに関わる知識を大人たちの語りによって吸収する機会のあった浅子。事業への強い関心と学問への憧憬は、各々、明治期の富国強兵実現のための殖産興業政策を背景とする実業界での活躍と、学制改革のなかで女子教育振興への強い願いをもって女子大学開設にかかわる社会貢献活動に展開します。並外れた「財力」と豪商の「地位」、事業拡大の「手腕」に加えて、小説には「国」の単位で社会の発展を考え、そのためにも実学を重んじる浅子像が読み取れます。古川の描く浅子は、「九転十起」を信条に、国の経済発展と女子教育振興に貢献した「強い」女性でした。私生活でも「家」存続のための苦心が続きますが、動じることなく目標を設定して努力を重ねる浅子の行動を強調して描かれていました。もうひとつ読書会が注目したのは浅子の人的ネットワークの広さと、そこから得る「情報」の確かさを見極める浅子の力でした。「財力」と「地位」を積極的に活用して、そこに自らが培った「眼力」をプラスして事業を拡大していく浅子像は、何も怖いものはないかのようにも感じられました。
浅子の死の直前に発刊された『一週一信』は、実業界引退後の浅子の精神的支えとなったキリスト教への信仰が熱く語られています。同書に収録された自伝的エッセイ「七十になるまで」も、読書会で輪読しましたが、古川の描いた浅子像には、この自伝の影響が色濃いことが発見できました。
【感想】
兎にも角にも小説の描く浅子像には、心身ともに「強さ」を感じた。浅子は、自分の身体を使って見たことや感じたことを大切にする人であると同時に、読書を好み、独学で得た知識を実践に活かす人として描かれた。江戸から明治、大正期にかけて日本社会が大きく変動するなかで、時代の流れを読み取りながら事業家として成功した浅子の「強さ」のひとつは、経験的知識と論理的思考とを結び合わる力にあると感じとれた。
もうひとつ「花よりも実をとる」価値観も浅子の「強さ」として読み取れた。小説では子どもの名づけや服装の好みなどについてまで、「実」を理由に浅子の選択が説明された。女子大学開設準備において、女子高等教育の必要性に賛同した浅子は、資金援助や後援者獲得など、「実」を得る役割を担い、奮闘した。また浅子は事業家として多忙を極めるなかで、夫や娘を世話できないことを気にかけるのだが、だからといって仕事に費やす時間を削ることはせずに家族の世話を信頼できる人に託し、浅子自身は仕事を優先した。「実」を求めて仕事を優先する浅子は、判断の確かさと実績ゆえに、格別な存在として家族はじめ周囲に認められていく「女傑」であった。「男並み」あるいはそれ以上に仕事をし、果敢に自分の道を切り開いていった女性として描かれた浅子であるが、その女性像には現代的な「活躍する女性」像に通じる部分があるのではないかと思えた。
テレビドラマのラストに描かれたように、浅子は御殿場の別荘で勉強会を主宰していた。その会には市川房枝や村岡花子、井上秀、小橋三四子などの女性たちが参加し、交流の場になっていたという(産経新聞社2015ほか)。経済界にとどまらない当時の浅子の豊かな人的ネットワークをうかがい知ることができる。また浅子逝去に際しては東京朝日新聞等に訃報が掲載された。これらのことから、当時、いかに浅子が著名かつ人望を集めた女性であったかがわかる。にもかかわらずあまり語り継がれなかった実業家女性・浅子。近年になって小説の題材として掘り起こされ、いま、ドラマの主人公として脚光を浴びている。ドラマでは小説を原案とし、「あさ」という名のフィクションとしての女性像を描いていた。読書会で小説とドラマとを比較しながら浅子像を読み解いていったところ、2つの女性像の異なる点が見えてきた。テレビドラマでは浅子像にいわゆる「女性性」がより多く表現されているように思えた。小説とドラマを比較することで、実在の実業家女性・浅子を資料から読み解き、表現していく過程に、小説家、番組制作者の女性観、さらに各々が読者や視聴者がもつと想定する女性観の違いが反映されているようで、興味深かった。時の流れのなかで浅子の存在が埋もれていった過程にも、その年代に主流となる女性観とのかかわりがあるのではと思えた。(感想は 読書会メンバーの津田さん)
〇引用資料
産経新聞社SANKEI EXPRESS 2015「九転十起の女 広岡浅子伝」
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