
先日の朝のテレビのニュースです。外国人の観光客の間で、ゴーカートで都内めぐりというのが、今人気なんだそうです。遊園地で幼稚園児や小学生が乗って遊ぶものだと思っていたゴーカートに大きな外国人が乗って、ガイドさんの後を追って楽しそうに走っている映像が画面に写し出されていました。
そして、レポーターがその中の1人の若い女性にインタビューしていました。「どこへ行ってきたんですか」と。ゴーカートからおりてきたばかりの女性が、息を弾ませながら早口の英語で答えていました。地名が出てきて「レインボーブリッジ」しか聞き取れなかったのですが、字幕がちゃんと後は引き受けてくれました。その字幕にはびっくり仰天です。
東京タワー、レインボーブリッジ、浅草も行ってきたわ。
若い元気な外国人の女性です。仮に日本語を話すとして、「行ってきたわ」というでしょうか。町中の音も入っていて、あっという間に次の話題に変わっていましたから、英語でどう言っていたかもわからないのですが、仮に、英語の「I went to Asakusa」を訳すとして、その訳は「行ったわ」とはなりません。「浅草へ行った」だけです。それを、日本語では「浅草へ行ったの」「浅草へ行ったんだ」「浅草へ行ったよ」など終助詞や助動詞をつけることが多いので、外国人の話しことばにも、「行ったわ」と訳したのでしょう。
でも、今の若い日本の女性が「浅草へ行ったわ」と言うでしょうか。お近くの高校生や大学生の話しことばにちょっと耳を傾けてください。「行ったよー」「行ったんだ」とは言っているでしょうが、「行ったわ」と話すのを見つける、いや聞きつける、のはとても難しいはず。
わたしたちが長年、大勢の方に談話を録音してもらって分析している調査があります。1997年の調査の時に、「~わよ」と言う人と、「~よ」と言う人を比べてみて、「~わよ」を使う人はごく僅かしかいませんでした。それで、その調査者は、女性語と言われていた「~わよ」は死語化していると報告しました。それから20年近く経て、2016年に別の調査者が、同じことばを調べてみましたところ、「~わよ」を使う人は50代以上の女性に少しみられるものの、40代以下はゼロでした。だから、40代以下ではもう死語になっていたのです(注1)。20代の外国人女性の発話の訳に終助詞の「わ」をつけるのは全くおかしいのです。
もうひとつ、映画を見ていてその字幕で違和感がありました。6歳の少女が主演女優賞をとったとして有名になった、チベットのソンタルジャ監督の映画『草原の河』です。チベット高地の広い草原にすむ家族の日常を淡々と描いた美しい映画でした。若い夫婦の娘役を演じた6歳のヤンチェン・ラモの目の輝き、表情の豊かさ、力強い声のひびき、そして、大きな自然の美しさ……、評判通りのいい映画でした。ところが、ここでも母親ルクドルのことばの字幕に驚かされました。
ルクドルは20代の母親です。娘のヤンチェン・ラモとの会話が、「~だわ」とか、「~したわ」と、死語化したとされる終助詞「わ」をつけて訳されているのです。もちろん、これは、映画の作品としての質とは関係がないのですが、どうして、ルクドルのことばをいわゆる「女性語」にしたのでしょう。字幕を書いた人に聞きたいです。
ルクドルは、顔は高原の日に焼けて赤銅色、背は高くがっしりとした体格です。夫が義父の見舞いに行くと言ったのに、実際は娘だけを行かせたことがわかって、その夫をしかりつけます。厳しい気候の草原にテントを張って放牧生活をし、大自然の中で堂々と生きています。そうした女性のことばに、日本の一昔前のいわゆる女ことばは全く似合わない。
字幕制作者として、2人の女性の名前がプログラムには出ています。まず自分のことばを振り返ってみてほしかった、周囲の女性の実際に話していることばを聞いてみてほしかったと思います。
「行くわ」とか「いやだわ」などの終助詞「わ」はもっとも女性らしいことばとされてきました。しかし、今は何が女性らしいかなどわからなくなっています。男らしさも同じです。まして、それを表した特徴的な終助詞「わ」は死語化し、死語になっています。
テレビの字幕と言い、映画の字幕と言い、女性は「行くわ」「そうだわ」と言うという思い込みによって訳出された結果でしょう。字幕でも翻訳でも、ことばに携わる人はもう少し、ことばの変化に気をつけてほしいです。周りの人たちの使っている言葉に耳を傾けてほしい、最近のふたつの字幕から切実にそう思います。
注1 興味がおありの方は、『談話資料 日常生活のことば』(ひつじ書房、2016)をご覧ください。
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