第2回 南米チリ・サンティアゴ見聞記
チリはカトリックの影響が強い社会です。1999年まで同性間の性行為は犯罪とされ、2004年まで離婚も認められていませんでした。さらに理由を問わずあらゆる中絶が禁止されるなど、南米で最も保守的な国の一つと言われてきました。
先日公開された最新のジェンダーギャップ指数ランキングは63位(前回77位)と、南米諸国のなかでは下位にあたります。ちなみに前回111位だった日本は114位と過去最低を更新しましたね。
現在、チリは女性大統領を有しています。
1951年生まれのミッチェル・バチェレ大統領(1期2006~2010、2期2014~2018)は、UN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)の初代事務局長を務めた経歴も持つフェミニストです。
70年代、軍事政権によってバチェレ大統領の父親は投獄され、拷問死をとげます。バチェレ大統領も母親とともに強制収容所にて拷問を受け、国外へ亡命。
帰国後は小児科医として働くかたわら、軍事政権によって親を奪われた子どもたちの支援活動も行ってきました。私生活ではシングルマザーとして3人の子供を育てる母親でもあります。
経済誌フォーブスが発表する「2017年世界で最も影響力のある女性政治家ランキング」では4位にランクインしました。
■ フェミニストの大統領によるジェンダー平等政策
バチェレ大統領は、教育格差の解消にむけた目玉の施策である大学教育の無償化が進まないことや、多発する災害への対応の遅れが批判されるなど、直近の世論調査での支持率は低迷しています。<しかしながら、女性の権利やジェンダー平等、セクシャルマイノリティに関する重要な政策を実現してきたという点で高く評価されます。
近年の動きでは以下のようなものがあります。
●同性間の法的パートナーシップを認めるシビル・ユニオン法の制定(2015年)
チリでは1999年まで同性間の性行為は犯罪でした。2012年にはネオナチを名乗るグループにより、ゲイ男性が惨殺されるというヘイトクライムも発生し、社会問題となってきました。ホモフォビックな社会に対抗するように、Movilh Chile(1991年設立)のようなLGBT団体の活動は活発です。
2015年10月、第二次バチェレ政権において同性・異性間パートナーのパートナーシップを認めるシビル・ユニオン法が成立しました。これによって、同性カップルにおいても財産相続権や年金など、結婚に準じる権利などが法的に保証されることになりました。しかし養子を取る権利が認められていないなど、同性婚を法制化した他の南米諸国に比べて改善の余地がありそうです。
以前、スペイン語の授業で夫婦やカップルの言い方を習ったときのこと。(私のスペイン語の先生はボリビア人で、同年代の女性。サンティアゴの事情を外国人の立場から、分かりやすいスペイン語で説明してくれる、貴重な存在でもあります。)
スペイン語、とくにチリのスペイン語では、彼氏/彼女という言葉が、気軽なつきあいなのか結婚を前提にしているかなど、関係や状況によって細かく分かれているのですが、先生は「同性カップルがどんどん増えているから、その場合はpareja(性や婚姻形態に関係なく、パートナーを示す)という言葉を使う」と説明してくれました。外国人向けの初級クラスで教えるほど、すでに同性カップルが当たり前のこととして捉えられているんだなと驚きました。
なお、スペイン語で「私の妻」という表現にはmi esposaとmi mujerという2つがあります。その違いについて先生に尋ねたら、「mi esposaは男女が対等な感じ。mi mujer(直訳すると俺の女)は女性を所有しているようなニュアンス。mi hombre(私の男)と言う言い方はしないでしょ?」とのこと。日本語でも、「俺の女」とは言っても「あたしの男」とは一般的に言わないのも同じですね。
ちなみに、シビル・ユニオン法施行後の半年間でこのパートナーシップを利用したカップルの割合をみると、75パーセントが異性間。じつは近年のチリでは法律婚が忌避され、婚外子が多い(2016年に生まれた子のうち、実に73%が婚外子)という事情があります。
●女性・ジェンダー平等省の創設(2016年)
第二次バチェレ政権においては女性・ジェンダー平等省(Ministerio de la Mujer y la Equidad de Género )が創設されました。この省は、女性のための政策・計画・プログラムの立案、あらゆるタイプのジェンダー差別の根絶、チリをより平等な社会にすることを目指しています。
もともと、チリのジェンダー政策機関としては、90年の民政移管後、エルウィン政権が創設した国家女性事業局(SERNAM)がありました。社会開発省の管轄下にあったSERNAMは、国家女性・ジェンダー平等事業局に改名されて女性・ジェンダー平等省の管轄下にはいり、引き続きジェンダー関連政策の立案・実施を行う機関として機能しています。
●人工妊娠中絶の一部非犯罪化(2017年)
女性にとって最も大きな成果といえるのが、一部の人工妊娠中絶の非犯罪化です。カトリック教会の道徳規範や政治権力が強いチリは、いかなる理由でも中絶が認められない数少ない国の一つでした。かつては中絶が合法だったのですが、ピノチェト軍事政権末期の1989年、すべての中絶が犯罪化されました。民政移管後の左派政権においても、バチェレ氏以外の大統領は、誰もこの政策に異を唱えないままでした。バチェレ大統領は、保健大臣時代に薬局でのピルの購入を解禁し、レイプ被害者への緊急避妊ピルの処方を認めるなど、女性のリプロダクティブヘルス・ライツに積極的な姿勢を明確にしています。
そして今年9月、母体に生命の危険がある場合、胎児の生存可能性がない場合、そしてレイプによる妊娠の場合という、3条件による中絶が非犯罪化されました。
世論調査によると、国民の6割が中絶の非犯罪化に賛成しているとのこと。しかし、次期大統領としての当選が確実視されている保守派の男性政治家・ピニェラ氏は、あらゆる中絶に反対しており、この政策に批判的です(彼は大統領時代、義父に暴行され妊娠した11歳の少女が出産を希望する発言をした際、それを賞賛しています)。
この歴史的な改革を実現させたのは、バチェレ大統領をはじめ、クラウディア・パスクアル女性・ジェンダー平等省大臣、Miles(リプロダクティブヘルス・ライツを求めて活動する女性団体。チリの女性小説家イサベル・アジェンデ氏の基金が支援)リーダーのクラウディア・ディデス氏、そして法案に賛同する演説を行い、賛成の票を投じた野党の女性議員ら、女性たちの力でした。
このように、ジェンダーやセクシャリティをめぐっては、近年大幅に変革が進んだチリですが、他のラテンアメリカ諸国と同様に、女性に対する暴力、とくにfemicido(女性殺し)と呼ばれる、女性が対象となる殺人は大きな問題になっています。深刻なfemicido については後日記事にしたいと思います。
バチェレ大統領は来年3月で任期が終わります(チリでは大統領の連続再選は禁止)。
来る11月19日に大統領選挙(国会・地方議会選も同日)が予定されており、次は大統領経験(2010~2014)があり、チリ有数の大富豪でもある保守派のピニェラ氏の当選が確実視されているため、こうしたジェンダー平等政策の揺り戻しの動きも懸念されます。
ちなみにチリは外国人参政権を認めており、外国人でもチリに5年以上住んでいれば、地方参政権および大統領選を含む国政参政権が得られます。
右の写真は私の住む地区の選挙看板。
ピニェラ氏の顔の部分が切り取られています。大通りの中央分離帯に無造作に置かれたこれらの看板はよく倒れているので、最初はたまたま破れたのかと思ったのですが、新しいものに換えられるたびに彼の顔が切られているので、意図的なもののようです。
候補者のかぶり物をして信号待ちの車にアピールする人。選挙運動のやり方も日本とずいぶん違っています。